付き合いたくない後輩と

神凪柑奈

歪で理想な二人の距離

「朝倉。お前のおかげで宮風の成績が上がってはいるんだ。いるんだが……な。お前の成績が下がりつつある」

「……はい」

「まあ、頑張ってくれ。呼び止めて悪い」


 勉強。成績。

 くだらないと思う。結局人をそんなもので勝手に見定めて、でもそのくだらないと思うものがなければ自由に生きていくこともできない。理不尽とか不条理とか、そんな言葉はいくらでも出てくるけど、吐き出すだけどれも無駄だった。


「あ、いたっ!」

「ぐっ……急に抱きついてくるの、いい加減やめないか?」


 飛びついてきたのは、後輩の宮風凜音みやかぜりんね。出会った頃のことはよく覚えていないが、いつの間にか懐かれていた。どこかの運動部のマネージャーをしていたはずだが、それもいつの間にかやめている。


「いやー、ようやく見つけました。どーこ行ってたんですか」

「ちょっと先生に呼ばれててな」

「うん? 雪翔ゆきとセンパイがですか?」

「まあ、成績下がってるから。凜音はテスト、大丈夫だったか?」

「あ……はは……そ、そんなことより今日遊びに行きませんか!」

「いつも遊んでるけど。というか、明日は勉強会な。絶対な」

「いやだぁ」


 肩を落としながらも、なんだかんだでちゃんと勉強しようとしてくれはするのだ。俺も勉強は心底嫌いなので、やりたくない気持ちはわかる。

 凜音に限らず、俺はわりと多くの生徒に勉強を教えている。ほとんどは同級生で、後輩は凜音くらいだ。


「でも、やっぱり優しい。今日今すぐーなんて絶対言わないもん」

「凜音は遊びたいんだろ」

「……ほんっとにそういうところ。いつか女たらしになる」

「俺に寄ってくる女の子なんかいるかねぇ」

「……いますよ、絶対。絶対センパイにお似合いの女の人がいます」

「そうか」


 どの口が言うのか。

 こうして傍について来るようになって半年くらいのときに、一度だけ聞いたことがある。彼氏とかはいないのか、と。

 凜音は可愛らしくて、人懐っこいところがある。そのくせ周りのことをとてもよく見ていて、困っているところには助けようとしてしまう。だから、男子からの人気も高かったのだ。それなのになぜかずっと俺の近くにいる。

 だから、聞いてみた。「俺と付き合ってくれないか」と。聞いた、というよりは言ったに近い。

 その返事は、「嫌です」と。そう言われた。凜音が言うには「付き合うとか、そういうのは違うんです。わたしはこうやって、傍でセンパイを励ましたいの」ということらしい。

 そのくせ、こうして凜音は俺の隣で行きたい場所を探している。


「ながらスマホはやめとけ。危ないから」

「ん、わかりました。センパイがそう言うなら」

「ほんとに、なんか俺の言うことは聞くよな」

「いやだってセンパイに嫌われたくないじゃないですかー」

「そうか。それで、近くにスイーツ店が出来たらしいからそこでどうだ? なんか、あれ。クレープとか」

「……センパイもそういうの調べるんですね」

「お前と行こうと思って調べといたんだよ」

「…………そですか」


 二人で並んで歩く。話す話題も、毎日一緒にいればなくなってきて、お互いにそれを探すのに必死だ。さっきの話題はなんだったか、話が続くような話題ではなかった気がする。

 そうやって話を続けようとしても、結局無理で話題とかどうでも良くなってしまうのだ


「暑いな」

「ですねー」


 黙ったまま、並んで歩く。

 初めは、正直鬱陶しい奴だった。理由は大量にあるので説明しにくいが、第一はこのバグった距離感だ。やりづらさしかない。

 でも、そのおかげで今はこうして楽しくやれている。


「にしても、雪翔センパイが成績を下げちゃうなんて珍しいですね」

「まあ、いろいろあったからな」

「いろいろ……あ、彼女でもできたんですか! えっちなこと忙しかったんですね!」

「お前ときどき想像力が飛ぶよな?」

「えっ?」


 彼女なんて出来るはずがない。のだから。

 そうだ。気持ちを確かめるという理由も確かにあった。けれど本当は、ちゃんと俺の気持ちを伝えたかった。好きだとは素直に言うことができなかったけれど、一応それを伝えることも出来たはずだ。

 その結果は、残念なものだったけど。


「……わたしのせい、だよね」

「ん? なんか言ったか?」

「なんでもー。それより、スイーツ店ってあれですよね」

「そうだな。なんだ、知ってたのか」

「一応女子高生ですから、近所のそういうところは把握してますよ」

「そういえばそうだったな」

「ちょっと待って、それ酷くないですか?」


 傍にいることが多いけど、別に友達と遊びに行ったりもちゃんとしているのだ。その分、翌日はいつも以上に距離が近かったり、家までついてきたりするが。


「センパイはどれにします?」

「凜音は何が食べたい?」

「いやー迷ってまして。センパイの一口もらおうかなーとか考えてたから聞いてみたんです」

「そう言うと思った。だから、好きなの二つ買えばいい。で、一口食べて気に入った方をお前が食べればいい」

「えぇ……それは優しすぎません?」

「別に俺はなんでもいいから」

「うーん……」


 強いて言うならチョコが少ないものがいいが、まあ別に食べれないわけではないからなんだっていい。

 二人で並んで並ぶ。平日だが、出来てすぐということもあって人が多い。俺や凜音の友人も数人だが来ていた。


「なんか、来る場所ミスったな」

「えっ? どうしてです?」

「知り合いとかに会ったらなんかなぁ……」

「あ、もしかしてわたしとセンパイが噂されるのとか気にしてますー? だいじょぶですよ、もうされてますから」

「……そっか」


 できることならそんな噂は今すぐにでも払拭したいところだ。

 凜音は慣れた様子で注文を済ませる。流行だとかそういうのにはいち早く対応する子だ、もしかしたらここにも来ていたのかもしれない。

 そんなことを思って凜音の方をちらりと見てみると、こちらを見てにこにこしていた。


「なんだ?」

「いえいえ。センパイがこうやって付き合ってくれるの、やっぱり嬉しいなって」

「別に、凜音は友達くらいいるんだから」

「センパイもわりと交友広い方じゃないですかー。それに、そういうことじゃないんですよ? センパイだから、です」

「……そうかい」


 こいつの中で、俺はどういう立ち位置なのだろう。わからない。

 そもそも、なぜ凜音がずっと俺についてくるのか。なぜ俺に執着するのか。


「センパイ?」

「……いや、なんでもない」


 遊び相手、みたいなものだろうか。嫌われているわけではないということくらいはわかる。でも、それだけだ。嫌いでなければ好きというわけではない。

 心配そうに俺の顔を覗き込む凜音と目を合わせないようにそっぽを向く。

 こうしていると、本当に自分が凜音のことが好きなんだと実感できてしまう。


「センパイ」

「なんだ?」

「私が傍にいて、邪魔だとは思わないんですか?」

「……もし、そうだって言ったら?」

「もう雪翔センパイには近づきませんよ」


 それはなんとも寂しい話だ。それを、少しだけ願っている自分がいる。

 凜音は俺とは違うから。だから、こうやって一緒にいると惨めになる。好きだと、そうちゃんと伝えなかった自分が嫌になる。


「俺は楽しいよ」

「そう、ですか」


 嘘は言ってはいない。だが、嘘でなければ真実だということでもない。凜音はそれをわかっている。

 クレープを受け取った凜音はどこか暗い表情で、それでも笑みを浮かべている。


「センパイのはこっちです。チョコなしですよ」

「ん、覚えてたのか」

「バレンタインのときにめちゃくちゃ迷った記憶があるので」

「バレンタインか……」

「あのときはセンパイも忙しそうでしたねー」

「あれはほとんど普段の礼だけどな」


 思えば、バレンタインはチョコばかりだった。貰った以上は食べなければいけないと思って食べたが、やはりチョコレートは嫌いだった。そのときも、凜音がミートパイとチーズケーキを準備してくれた。バレンタインに渡すものとしてはどうかと思うが、俺の事を精一杯考えた結果だったこともわかる。

 多分、そのときだろう。この不器用な優しい後輩のことが好きになったのは。


「センパイ、今日家行ってもいいですか?」

「いいよ」

「やった」


 また黙って、ただ並んで歩く。その距離が、ほんの少しだけ遠く感じてしまう。

 甘ったるいクレープを少しだけ口に入れる。嫌いではない。むしろ、好きな部類に入る味だ。


「一口。食わないのか?」

「えっと、いいんですか?」

「元からそういう話だったろ」

「それはそうですけど。なんか、今日は付き合ってもらってるのに申し訳ないなーって」

「そんなつもりはないから。俺もお前といるのは好きだし」

「……うん」


 きっと、今のは嫌な言い方だった。そんな気がする。

 俺の好意は、凜音には伝わっていない。それなのに、こんな風に誤魔化しながらもそれを受け取ってもらおうとする、卑怯なやり方だ。そんな人間を、凜音が好きになるわけもない。


「この後、勉強しましょうか」

「……ん」


 心底嫌いな勉強なのに、今だけは無駄なことを考えなくてもいいその時間が少しだけ待ち遠しかった。

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