進撃の美人

@satotumaru

進撃の美人

「アナタ!ちょっと起きて!アナタ!」

 大きな声を聞いて目が覚めた。寝ぼけながら目覚まし時計を見ると、まだ朝の六時半だった。いつもならまだあと三十分も寝られるのだが、妻がまた大きな声を出してきたので、ふらふらとリビングへ向かう。扉を開けると、朝のニュースを見ていた妻のミエがこちらを向いた。

「どうした?」

「よく私を見て!」と、こちらに駆け寄ってきた。

 なんと、昨日までまん丸だった妻の顔が、顎はシュッととんがり、目は大きく、シワは消え、肌は美白になっていた。面影は残っているものの、一夜にしてとんでもない美人に変貌していた。寝ぼけてるのかといくら目を擦っても、シワが見えることはなかった。

「せっ、整形でもしたのかい?」

「違うのよ! 朝起きたらこうなってたのよ!」

何かの病気かもしれないと、あれこれ聞いてみてもわからない。信じがたいが、本当にいきなり美人になってしまったらしい。

「なんかよくわかんねーけど、美人になってよかったな!」

美しくなった妻の顔をそっと触ろうとすると、指がぐにゃんと変な方向に曲がった。

「ぎゃああああああああ!」

びっくりしてすぐに手を話すと、指は元通りになっていた。

「痛くない、どうなってるんだ」

妻の顔に手を近づけるたびに指はぐにゃんとする。困惑する妻。不思議だなあと手を近づけたり離したりしていると、つけっぱなしのテレビに緊急ニュースが入った。

「現在、町中の女性たちが美人になる現象が報告されています。まるでフォトショップで顔を加工してるかのように、女性の周りだけ空間が歪んでいるそうです。詳しい内容はまだ不明ですが、女性に近づく際は気をつけてください。ちなみに、私も目が大きくなり、唇がふっくらしました」

 なんてこったと思いつつ、とりあえず今日は仕事があるので、ご飯を食べた後すぐ会社に出かけた。


 デスクでメールを確認していると、後ろから同僚のスケオが声をかけてきた。

「よお、ヤスオ、なんかとんでもないことになってるな。見ろよフト子を、自爆寸前のセルくらいに太ってたのに」

 スケオが指さした方にはコピー機で何かを印刷しているフト子の姿があった。いつもダボッとした服装をしているので、見た目は激変していても、彼女がフト子だろうということはすぐにわかった。

「痩せただけじゃなくて目も大きくなったね。確かに美人になったかもしれないけど、なんだか不気味だなぁ」

「そうか? でもよ、やっぱり太ってた人ほど空間の歪みも大きくなってるんだ。逆にいうと、もともと美人だった人は、あんまり歪まないらしいぜ」

「なら由美子さんなら、もともと美人だから普段通りに接せられるのか」

 噂をすれば、オフィスのマドンナ的存在である由美子さんが出社してきた。

 空間がねじ曲がっているかどうか、見た目ではわかりにくい。手をを近づければすぐにわかるのだが、そんなことをすればセクハラで訴えられかねない。二人でジロジロ見ていると、フト子と由美子が会話を始めた。


 由美子「なんかすごいことになってるみたいね。私、今日、お化粧してこなかったわ」

 フト子「私もよ。それに、会社来るとき、立て続けに3人にナンパされちゃったわ。イケメンもいたから、つい連絡先交換しちゃった」

 由美子「えー羨ましい! 写メとかある?」

 フト子「写真はないけどLINEのアイコンなら顔見れるよ」


「マジかよ。あのフト子がナンパされただと」

 ボソボソとスケオがつぶやく。失礼なやつだなと言いつつも、正直なところ私もそう思った。会社に来るときたくさんの美人を見かけたし、ナンパ師にとってはウハウハであろう。

 その日は美人になった女性社員に目を奪われるせいで、男性社員たちは全く仕事に手がつかず、業務は終了した。


 三ヶ月が経った。美女に目が奪われる問題がずっと日本中で続いていた。そのため、日本では戦後最悪の大不況に陥っていた。

 それでも、女達と一部のモテる男達には良い世界だったようだ。しかし、モテない男たちにとって、その世界は地獄だった。給料は下がり、美人たちには相手にされず、馬鹿にされることさえあった。女性たちの空間の歪みはだんだん大きくなり、近くを誰かが通るだけで、寄生獣のように体がグニャグニャしてしまうようになってしまった。モテる男たちはそれでも良いらしい。私はごめんだ。それよりももっとショックなことがある、どうやら妻に浮気されているようなのだ。最近、私への態度がよそよそしく、晩御飯もろくなものを作ってくれない。今日で十六日連続で湯豆腐を食べた。とてもわかりやすい妻である。捨てられる日も近いのだろうか。辛い日々を送っていた。


 そんなある日、とあるYouTubeの動画が話題になっていた。なんと、この美人だらけになった元凶が動画を投稿したのだ。私はすぐにその動画を見た。

「私はブサイクで昔からそれがコンプレックスでした。なので私は研究したのです。そしてついに完成したのがこの美人化マシーンなのです!」

そういうと、彼女はラジカセのように、アンテナが一本つんとたっている箱型の機械をカメラに見せた。こんな小さなもので日本中を変えれるのかと、テクノロジーの進歩に感心した。この装置を世界に広めて、

「この装置を世界に広めるための協力者を求めます! 世界から顔面格差をなくすのです!」

本物かどうか怪しいが、この動画はネットやテレビでも大騒ぎになり、えらい専門家達の間でも話題になっていた。どうやら嘘ではないらしいのだ。


 すぐにツイッターで、”美人化マシーンを破壊しにいく人を募集しています! 元の日本を取り戻しましょう! 参加していただける方は明日の朝8時に東京スカイツリー前に集合してください!”」と言ったツイートがタイムラインに流れてきた。私は悩んだ。いくべきかどうか――――

 自宅のリビングで、連続二十一日目の湯豆腐を眺めながら悩んでいたが、家事をほったらかして出かけようと、クローゼットの前で服を選んでいる妻の背中を見た時、迷いは消え、トイレに駆け込み、スケオに電話でこう宣言した。「俺、明日スカイツリーに行ってくるわ!」


 * * *


 天気は曇天。モテない男軍団は東京スカイツリーの前に集まった。百人はいるだろうか。目の前にそびえ立つスカイツリーがまるで魔王城に見えた。周りを見ると、禿げたおっさんやビール腹のおっさん、めっちゃダサい服装のおっさんなど、どう見てもモテなさそうな人達が、百メートル走前のランナーのように準備運動している。

「よっ!」

肩を叩かれたので、びっくりして振り向くと、そこにはスポーティーな格好をしたスケオが立っていた。

「心配だから来てやったぜ」

ノリの軽いやつだとは思っていたが、まさかこんなところに来るとは思わなかった。おかげで心細かった私の緊張は少しほぐれた。

「ありがたいけど、怪我しないうちに帰ったほうがいいぞ。あれを見てみなよ」

私はスカイツリーの入り口に指を刺した。そこには、我々をむかい打つべく集まった美人軍団の姿があった。その数はざっと我々の5倍はいた。彼女達はこちらにズンズンと迫ってきた。

「あなたたち」

「今すぐ帰らないと」

「お仕置きするわよ!」

セクシーなポーズをとりながら美女たちは順番にそう言った。多分中身はおばさんだろう。

「戦争じゃあああああああ!」

 急に知らんおっさんが叫んだと同時に男たちはいっせいに走り出した。

 次々と男たちは美女たちに捕まってゆく。掴まれると、ぐにゃぐにゃしてわけがわからなくなり、うまく動けないのである。

「こっちを見ろおおおおお!」

 あるメガネ男が叫びながら、首からぶら下げた1眼レフカメラを構えた、美女たちはカメラに向かってセクシーなポーズをとった。そう、美女にはカメラを前にすると、決めポーズをとるため動けなくなる習性があるのだ!

 その隙に私はスカイツリーの内部に入った。エレベータの前にいる美女が多すぎるため、これは使えないと思い、避難階段から上に向かうことにした。階段の前にも女性たち数人がいる。スマホのカメラを使おうとポケットに手を入れる、が、そこへ隣を走っていたスケオが、ポケットから、なんとゴキブリを取り出しそこへ放り投げたのだった。

「きゃーーーーー」と美女たちが階段の前から逃げ出す。そう、美女は虫に弱いのだ!


 ひたすら階段を登り続け、スカイツリーのてっぺんまで登ってきた。このシーンは映画化して欲しいくらいに頑張った。スケオと私はぜいぜい言いながら天望台に入った。そこにはYoutubeで見た、美人化マシーンを作ったという、博士っぽい見た目の白衣を着た美女が待ち構えていた。奥には例の美人化マシーンがカタカタ動いている。

 白衣の美女は私たちの顔をジロジロと見ると、ため息混じりに言った。

「七つの大罪には一つ足りないものがある………それはブサイク。ブサイクこそ最悪の罪人!」

 スケオはその言葉を無視し、すかさずゴキブリを放ったが、女は華麗にゴキブリを蹴り飛ばしてしまい、目にも止まらぬスピードでスケオに近づき、キンタマを蹴り上げた。「ぼうりょく……はんた……ぃ……」と声にならない声を漏らし、その場に倒れ込んだ。

 私はその隙に装置に向かってダッシュした。

 しかし、女はとんでもない速度で私を追い抜き、正面に回り込んできた。スマホのカメラを向けても、女は、歌舞伎役者の如く、頭をブンブン振り回すので、顔をカメラに捉えることができない。

 しばらく攻防が続いた後、私は女にビンタされた。

 横綱に張り手でもされたかと思えるほどの威力だった。

 脳が揺れている。

 そのまま私は女にのしかかられ、取り押さえられた。


「あなた達を見てると同情するわね…」

「何がだ!」

「だって、ブサイクだもの。モテないでしょう?」

「うるさい! 美人化マシーンを今すぐとめろ! このままだと国が滅びるぞ!」

「そんなことないわ。対策があるの。そう、男たちも美しくなればいいのよ! そうすればこの国は世界も羨む美人大国になり、この国とビジネスしたがる国も必ず増えるの。そうなれば景気は大回復するわ!」

「男が美人化…イケメンになるってことか?」

「そうよ! すでにテストは済んだわ。どう? 興味あるかしら」

「それを早く言ってくれればこんな反乱は起きなかったんだ!」

「様子を見ていたのよ。だって、初めての試みですもの。でも、こんな反乱が起きた以上、早急に男性にも加工を施すしかありませんわ!」

「ぜひそうした方がいい」

女は頷くと、私を離しこう言った。

「ついてきなさい、ここまで辿り着いた褒美です。あなたにその役目を差し上げますわ!」


 私も加工すればイケメンになる。そうすれば妻の気持ちも取り戻せるはずだ。これで全て解決だ! よかった。本当によかった!

 私と美女は美人化マシーンの目の前まできた。

「さあ、そちらの青いボタンを押すのです」

 カタカタ動いている美人化マシーンには「女」と書かれた赤いボタンと「男」と書かれた青いボタンが付いていた。この青いボタンを押せば、元の生活に戻れる。いや、元の生活以上かもしれない! 心臓ドクンドクンする。これまでの人生のあらゆるシーンがフラッシュバックし、胸がはち切れそうになった時、私はその美人化マシーンを蹴っ飛ばし、あらんばかりの声で叫んだ。


「やっぱり無理だわ! だって! あんなエイリアンみたいになりたくないじゃん! 加工キツすぎなんだよ! みんなおかしいよ!!」


四、五メートルほど吹っ飛んだ美人化マシーンは地面に叩きつけられ、カタッ…カタッ…と死にかけのセミのようにしばらくもがいた後、すぐ動かなくなった。

「なんてことを・・・」

たじろいだ女の姿がみるみるうちに膨らみ、デスタムーア第二形態のような姿になってしまった。すぐに彼女は顔を隠し、「見るなあああああああ!」と叫んだ後、うずくまってしまった。ちょっと可哀想になった。

 これで全てが終わった。私はスカイツリーの頂上から、世界を見渡した。今ごろ地上では女たちの加工が剥がされ、ブサイクハザードが起きているだろう。しかし、それが真実の姿ならば、ありのまま受け入れるべきだと私は思うのである。


 * * *


 あれから数日後、妻は前よりも私に優しく接してくれるようになった。スケオには最近彼女ができたらしい。極度の面食いだったのだが、この一件で少し変わったらしい。日本経済も順調に回復し、何事もなかったかのように元の日常へと戻っていった。「また美人化マシーンを作って欲しい」という意見をネットで見かけたが、「空間の歪みがない方が快適」という意見の方が大多数を占めていた。おそらくもう美人化マシーンは作られないだろうと思う。相変わらずSNSでは加工した写真がアップされ続けているが、アート作品の一種として、私は見るようにしている。

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