家族
いつもの帰り道、言いたいことがあって若葉を呼び止める。
「ねえ、若葉」
「何〜?」
若葉がふんわりと微笑みながら振り向く。彼女が振り向くのに合わせて、髪も揺れる。
「好きだよ」
最近お決まりになってる一言を言う。いつもなら突き放すのに、今日の彼女はくすぐったそうに笑って
「ありがとう」
と、言った。
「・・・・・・・・・・・・え?」
驚きで声が出なかった。
若葉が、私に、ありがとう、と、言った。
どうしよう。いま心臓がバックンバックンなりすぎて、口から飛び出て踊り回っている感覚がする。もちろんそんなことは、錯覚だってことぐらいわかってるけど、そんぐらい嬉しい。すごい。ヤバい。好きな人からのお礼ってこんなに嬉しいんだ。
飛び跳ねそうになるけれど、ここは住宅街だ。近所の人に見られたら、恥ずかしいから、流石に止めた。
ニヨニヨしてしまう顔を無理矢理おさめて、もう一回、と若葉にねだる。
「やだ。」
すると、若葉はスタスタと先に歩きだしてしまった。
「ちょ!まって!!はっ・・・はやっ!!」
ビックリしてしまうほどに速いスピードだったけど、私も小走りで若葉の照れ隠しに付き合ってあげた。
若葉とは家の方向が違うから、途中で別れて家へと向かう。
私はこの瞬間が苦手。取り残されるのはいまだに慣れない。温もりが、自分から離れていくのがはっきりわかるから。
「若葉・・・」
「・・・そんな顔しないでよ」
そんなにひどい顔をしてたんだろうか・・・。思わず頬を触って確認してしまう。
「その癖、治らないよね」
この動作は、私が不安になったときにやるんだって、若葉が前に言ってた。こういう細かいところに気づいてくれるところも好きだ。
「大丈夫だよ。本当に怖くなったら、私のとこおいで」
若葉が私の頭をなでながら言ってくれた。私の母親が出ていってから、毎日この言葉を聞いて、若葉と別れる。
「うん、じゃあね。気をつけて」
「句伊譁もね」
ギュッと抱きしめあってから、バイバイ、と手を振りあった。
若葉が見えなくなるまで、見送って自分も歩き始める。家に帰るのが憂鬱だ。
「ただいま」
誰も返事をくれない。それが私の家だ。
父親は私と兄を母親に預けて出ていった。法律上の離婚はしてない。でも、私が知ってる限りは夫婦という関係に戻れないほど、仲が悪い。
母親は、私が同性愛者なんだと知って、捨てた。父に捨てられた理由がそれだから。父親が同性愛者だった。だから、母は、そういうことを嫌った。普通こそが正義だとでも言い出しそうな程に偏見がひどい。
兄は、引きこもり、ニート、殴る奴。この最悪の三点が揃っている。もう22だというのに、一年に一、二回でてきたらいい方で、今年に入ってからは顔を見た覚えがない。
家事は全部私がやっている。女子力は上がるし、実質自分の分しかないから別に苦労はしていない。
父も母も仕送りはしてくれる。だけど、母親は四年、父親とは十年近く顔を合わせていない。
この家にはもう、楽しげな雰囲気は一切残っていない。
無駄に広いリビングで、一人寂しく夕飯を食う。虚しさしか残らない。何が美味しいんだ。
昼ごはんはあんなに美味しく感じるのに・・・。人と一緒に食うか食わないか、これだけの理由でご飯は美味しさが左右される。
お店が綺麗に飾り付けられているのも、ご飯を美味しく感じじてもらうための一つの演出だ。そう考えて、中学生の頃にリビングを中学生なりに飾り付けたことがある。
虚しさと気まずさが百倍ぐらいになって、黒歴史のうちの一つになった。
無駄なことはしないほうがいい。この出来事から学んだことはこの一文だった。
だから、告白はしない。無駄だから。意味がないから。将来性のないものに期待してどうする。
はあ〜と、ため息を付いて、今までの考えをすべて削除する。勉強だ、勉強。そう思って、勉強机に向かった。勉強をしていると何も考えなくて済むから大好きだ。
若葉の事を考えてもしんどいことばっかで気が重くなる。それぐらいなら、勉強をしていたほうがマシだ。
シャーペンを手にとってギュッと目をつむって集中する。さあ、頑張ろう。パチっと目を開けて問題文に目を通した。
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