第六話 現場検証
にわかに広間のほうが騒々しくなってきたのに気付くと、佐伯が近くを通った住民を捕まえて手早く事情を聞きだした。
「現場検証が始まるってよ」
察するに自治会長は、どうやらあのJK霊能者に団地内を見てもらうことに決めたようだった。まぁ、あの子の言うことを信用するならタダなわけだし?
私は給湯室の台所を片付けると、手持ち無沙汰にもなったのでそちらに向かおうと遅れて公民館を出た。
公民館の周囲にはアパートやマンションが建ち並ぶ住宅地が広がる。一戸建ても少なからず見られるけれど、割合としては賃貸住宅のほうが多い。
どうにも有名人がロケでやってきた地方のような様相を呈しているけれど、野次馬たちの間に広がるのは期待や歓迎よりも困惑の色。
ま、そうだよね、騒動の中心にいるのが霊能者を自称するJKだもん。
そのJK霊能者や自治会長たちの姿は……ここからではちょっと見えなかった。
少し近づいて野次馬たちの一人と化してみると、ようやくその姿を視界に捉えることが叶う。制服に着物という出で立ちはそんじょそこらの有名人よりも目立つ。
傍らにいる佐伯に訊ねた。
「どんな感じ?」
「どうやら数日前の通達通り、アパートやマンションの各所を巡りつつ、各部屋を訪ねて承諾の得られたご家庭にお邪魔してるみたいだな」
今回は最後に依頼する霊能者ということで、事前に自治体でそれなりの打ち合わせを
ぜひ霊能者の
まぁほとんどのお宅がそれを希望したよね、うん。
ウチも希望した。
だから後々ウチにも来るはずだ。
今はえーっとあの部屋は佐藤さんちだったかな、玄関扉が開け放され、扉の外からは自治会長たちが遠慮しながらも室内を覗き込んでいるが、おそらく中にはあのJK霊能者が入り込んでいるはず。
「佐藤さん、どんな顔してるんだろうなぁ、霊能者として来たのがあんな若い女の子で」
「それは言っちゃいけない……」
「佐伯んトコも来てもらうの?」
「そのつもりだったけど、う~ん……どうすっかな……」
「まぁそういう反応になるよね」
本来来てもらう予定だったのを取り止めたくなるくらいには、あのJK霊能者への信用はない。だってJKだし。
「でもタダなんだし、見てもらうだけ見てもらったほうがいいんじゃないの? アンタんトコ、ハル君いるじゃん」
「そうなんだよなぁ。
ハル君――本名、
ちなみに佐伯の嫁さんも大学時代の友達で、ウチと家族ぐるみの付き合いである。
可愛らしい童顔の人で、子供のほうにもがっつりその遺伝子が受け継がれたらしく、すごく可愛かった。可愛いと思ってしまった。
ウチも作ろっかなぁ。
旦那との間でそういう話もチラホラ出るんだけど、何だかんだで保留にしてるんだよねー。
でも、今のこの住環境では……とも思ってしまう。
「劣化してたの?」
「そう思いてぇけどさぁ、ハルのベビーベッド――脚っつうか支柱っつうのかわかんねぇけど、二十本くらいあるだろ。そんだけ負荷が分散されてて普通折れるか?」
「あー……」
正直、ここまで常識外の状況が続くと、本当に些細なことでも真っ先に怪奇現象のせいにしようとする傾向が強くなってきている。
だからまずは現実的な可能性を考えてみたわけだけど、それだと確かにその線は薄そうだ。怪奇現象によるものの可能性が高い。
――かように、この団地を襲う怪奇現象は相手を選ぶことなく、佐伯のところみたいに、小さな子供にさえその魔の手が及びつつある。
もちろん、その精神的負担は親である佐伯にも重くのし掛かっている。
それは焦燥感の滲むその横顔が如実に物語っていた。
「ま、とにかくハル君が無事で良かったよ」
「……今んところはな」
佐伯が懸念する通り、一刻も早くこの団地の現状はどうにかしたほうがいい……んだけど。
……でもあの胡散臭いJKじゃなぁ……。
視線を事の中心に戻すと、佐藤さんちからあのJKが出てきたところで、次のお宅へとアパート外の共用廊下を歩いていく姿が目に入った。
その際に、屋外でも何らかの怪奇現象が見られた
それも仕方がないと思う。
その自治会長の話を聞く当の自称霊能者、天ノ宮さんは、いまいち緊迫感に欠ける態度で
口元には薄い笑みを浮かべ、まるで美術館で絵画を鑑賞して回っているかのように、物珍しげに団地内の至るところに視線を向けている。
……ただ、時折。
何の変哲もない一点に意味ありげに視線を留めたり、口元の薄い笑みをどこか酷薄に歪めたりしているのが引っ掛かった。
……ん?
あの黒髪の子の姿が見えないな。
どこ行ったんだろ。
佐藤さんちに残ったのかな。
でも佐藤さんも見送りに外に顔を出してるし。
ちょっと距離のあるここからでははっきりとしたことはわからなかった。
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