第五話 一期一会
暗黒の中高時代。
地味で根暗なオタクだった私は、周囲から蔑まれながら学校生活を送っていた。
仲の良い友達もほとんどいなかった。
イジメ
ただ好きなことを趣味とし、自然体で振る舞っていただけなのに、周囲にはそれを受け入れてもらえず、侮蔑や嘲笑の対象になっていた。
どこにでもある話。
私はそうした扱いに耐えながらも何とか高校を卒業し、そして至って平凡な大学に進学した。
別に意識して知っている人間がいないところを選んだというわけでもない。
けれど、周りもさすがに大人になったのか、はたまた運が良かっただけなのか、大学に進学してまで同様の扱いをしてくる人間はいなくなった。
まぁオタク趣味を毛嫌いする人間はどこにでもいるので、時折鼻で笑われるくらいはあったけれど。
……けれど、高校までの経験で人間不信というか、人間嫌いのような状態に人格をこじらせていた私は、相変わらず友達を作ることができなかった。
というか作ろうとも思わなかった。
大学にはオタク系のサークルがいくつかあったにも関わらず。
別にこのままでいいやと思いながら、心待ちにしていたラノベの新刊を買いに書店に足を運んだときだった。
一人の男の人に話しかけられたのは。
その時、私は突然のことにしどろもどろになりながらかろうじて受け答えしたのを覚えている。思い出す度に顔が火照って熱くなる。
何せ人と話すことに慣れていなかったし、っていうか今でも得意じゃないし、それでいてあちらはコミュ
会話の内容を思い出せる限りでは、確か彼は私と同じ学科に所属していて、大学で何度か私のことを見かけて印象的だったからよく覚えていたとか、ちょっと気になってたから偶然見かけたそこで話し掛けてみただとか、まぁそんな感じだったと思う。うん、まさにリア充の所業である。ほとんど用もないのに話しかけているようなものだ。私には絶対できない。
もちろん、不運にも私の手に抱えられていたラノベの話にもなった。
へぇ、そういうの読むんだ?
面白い?
じゃあ俺も何か読んでみようかな。
ぶっちゃけて言うとちょっと気になってたんだよ、ラノベ。
何かオススメあったら教えてよ。
大学の勉強で使う参考書を買いに来たという彼は、果たして社交辞令でも何でもなく、本当に私が勧めたものを読み始めた。
まぁ、要するにそれが今の旦那なわけだけど。
まさか人間嫌いだった私が結婚するなんて思ってなかった。
リア充なんて異性と会ったその日に産まれたままの姿を披露し合うくらい下半身が身軽な生き物。
そんなふうに思っていた私が、だ。
まさか求婚されて、それを受け入れるなんて。
そりゃ何回かデートも行ったけど。
八回目くらいで処女を献上しましたけど。
……時間掛かりすぎ? うっせぇわ。
ちなみにプロポーズはまさにそのときだった。
まぁ人間嫌いだった私が処女を差し出すくらい気を許してしまえばもう別にいいやって感じだったよね。
こいつとなら結婚しちゃっても、って。
そいつは交遊関係は広いし異性にも友達は多いしで紛うことなきリア充だったけれど、下半身は軽くなかった。強引でもなかった。
八回目のデートで何となくそういう雰囲気になるまで全然手を出してこなかったし。
人間不信だった私は、どうせ私以外にそういう相手がいるんじゃないのって思ってもいた。
だって、実を言うと、結婚するまでの私たちに交際宣言がなかったから。
つまり私は告られていない。
もちろん告ってもいない。
何となく遊びに誘われ、私の気が向いたときにOKして遊びに行って……って感じ。
私が誘いを断っても全然食い下がってこなかった。
私の気持ちを尊重してくれているといえば聞こえはいいけど、それは別にそうする必要がなかったんじゃないかという見方もできた。
つまり、どうせ他にいい異性がいるんじゃないの、っていう。
けれど、その考えはわりと早い段階で消え去った。
だってそいつの周りにいる友達がマジでみんないい人だったんだもん。
その人たちの人間性が、彼の人間性を裏付けていた。
鬱陶しいくらい。
彼が私に気があるということを
いやもうホント、私のどこにそんな魅力があったんだ。
だからプロポーズされた時、そう訊ねてみたら、こう返ってきた。
「人目を気にせず周りに流されたりしない、マイペースなところかな」
いや、人目は結構気にしてるんですけどね。
ラノベ買いに行くときとか、知り合いに見つかりませんようにって心底祈ってたし。
それだけ? ……見た目は?
そう恐る恐る訊き返したら、彼はキメ顔でこう言った。
「イイ感じにプニプニしてるところかな」
殴った。
身体かよ。
いやもう全然やらしい感じはしなかったけど。
とにかく、そういった交流の過程で彼の友人だった佐伯や、他にも何人かの友人と知り合い(中にはオタクもいた)、今に至るというわけだ。
つくづく人生というのはわからないものである。
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