第48話
ずっと横になっていると女を抱いているような感覚に陥るも、隣には撫でる髪もなく柔らかい乳房もなかった。冷たい部屋で冷たい身体を持て余す。喉の奥からはジンジンと激痛が走り、両の瞼は瞬きする度錆びついたようにギシギシと音を立てた。涙も叫びも枯れていた。身体中から熱が失われ、氷に閉じ込められているようだった。
そのまま凍死できればどれだけ楽だったか知れない。しかし心臓の鼓動は止まる事なく血液を流し続けていたし、脳は世界を認識していた。僕は生きているのだった。どうしようもなくとも、生き続けているのだった。
死。
同時に考える一文字。全てから解放される、これまで目を逸らしてきた一文字。何度も考え、その度に否定してきた結末が現実味を帯びてくる。
しかし僕は怖かった。生きる以上に死たくないと願った。首を吊ってぶら下がる姿を、脈を切って血溜まりに倒れる姿を、海に入り海水で肺を満たす姿を、炎に焼かれ身体を焦がす姿を、線路に飛び込み四散する姿を、ビルから飛び降り潰れる姿を、電気を通し痙攣する姿を、薬を飲み込み悶える姿を、飲まず食わずで乾いていく姿を想像すると、死を回避したくて堪らなくなるのだった。どうしようもない命でも惜しくなるというのは不思議なものだと、自分では捨てられないのだなと思った。
自ら命を断つというのは思いの外勇気が必要で踏ん切りがつかなかった。台所にある包丁を持っても薄皮一枚切る気になれない。首筋に刃を当てただけで背筋が凍り、誰に向けるわけでもない命乞いが漏れる。やはり、生きるしかなかった。生きるしかなかったが、生きようがなかった。死ぬも生きるも、選べなかった。誰かが無理やり決めてくれればどれだけ気楽だろうかと、包丁を眺める。自身を切ったり刺したりする場面は受け入れ難いのに、誰かが代わりにやってくれるところを思い浮かべると、何故だかすとんと腑に落ちた。僕は殺されるべきなのではないかと考える。誰に。誰に殺される。誰が僕を殺してくれる。
鈍った包丁が光り、それを見る。誰かがこれで僕を殺してくれるのだろうかと、わけもなく、笑う。
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