第46話

 元より居場所などなかったが、あの女に拒絶されるといよいよ何処へも向かえない気がして僕は孤独を避けるようになる。工場の作業が終われば街へと出ていき女のいる店へ入り浸った。それは身体の売り買いをするような場所ではなく、女給がたまにやってきて酌をして、一言、二言話をするようなところだったが、そこで屈辱を受ける。



「貴方、いつも暗い顔してるわね」



 声をかけてきたのは薄い顔色をした女給だった。肩まである髪をしっかりと切り揃えた、利発そうな顔立ちの女だった。

 女は酒を注ぐと、僕の方をじっと見て黙り、立ちっぱなしでいる。どうやら返答を待っているようだった。


 けれど、僕はなんと言っていいのか分からなかった。「そうだね」というのも「そんな事はないよ」というのも正しくないような気がした。他の女給はそこまで立ち入った話をする事などなく、返事があってもなくとも触りない話題を出してはすぐに去っていたのだが、彼女はわざわざ批判とも取れるような言葉を選び、僕の一声を待っていたのである。どうにも居心地が悪く、沈黙が申し訳なくなり「ごめん」と一言漏らすと、彼女は不思議そうな顔をした。



「謝らなくたっていいじゃない。生きてれば辛い事だってあるんだから」



 女は僕を労るような事を言った。

 名も知らぬ女給が、僕の事を何も知らない女が、さも同情していますという風に僕を見下してきたのだ! 腹の中では蔑んでいるくせに!



 この時の僕の怒りは尋常ではなかったと思う。女に自身より劣っていると思われるのが大変な屈辱で我慢ならなず、衝動的に拳に力が入った。しかし、振り上げる事は、殴る勇気は僕にはなかった。そればかりか、怒鳴る事も文句を言う事も不可能で、恥知らずにも「ありがとう」と口にしていた。女に辱められ、侮られたにも関わらず。



 女給が立ち去ると、僕は逃げるようにして店を出た。怒りはしばらく収まらなかった。女を買う気にもなれず、かといって孤独の部屋に戻るのも憚られ、街を歩く。すれ違う人が、特に女が、僕を見て笑っているような、憐んでいるような気がした。

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