第40話
僕の中にある潔癖な自我が消え、当たり前のように女を買うよになったのはその頃からである。月終わり、給金を貰うとすぐに歓楽街へと赴き、一、ニ杯飲むか飲まないかで切り上げて汚れた建物へ入って、「一人ください」と言って金を払うのである。
どこがいいとかどの女がいいとかそんな拘りはなかった。僕は込み上げる喜びと朽ちてしまいそうな無気力感だけを求め、快楽に溺れる。たまに「あらお久しぶり」と声をかけられる事もあったが顔の形など覚えておらず、「また来たよ」などど戯けてみたりはするも、余計な口を閉じてほしいと、言葉の裏に含ませていた。相手など誰でもよく、人の形をしていれば交わる。例え毛を剃られた猿を出されても僕は何も言わず交尾に勤しんだと思う。女を人間としてではなく僕の心を満たす玩具として認識していたため性愛の対象に頓着はなく、満足できればそれでよかった。街を歩く女が陰茎を出し入れするための道具としてしか見れなくなっていたのはきっと女との接点が置屋にしかなかったからだろう。しかし僕にそれを強いたのは女自身であり、社会なのであるから、とやかく言われる筋合いはない。一部の人間が社会的、動物的に死んでいく構造が既にあり、その一部に僕が入っていて、女はそれを嗤うのだ。そうした差別が許容されるのであれば、僕の軽視も当然、受容されるべきである。口にも声にも出さず、一人ひっそりと指を刺されていた僕には、女を買う権利があった。
だが、世の中はそれを否定する。木内も例外ではなく、僕を咎めるのだった。
「お前さん、最近派手に遊んでるんだってね」
久方ぶりに連れ立って酒場へ行くと、折を見て奴がそう言った。僕が「そうだね」と言ってみると、大きな溜息が吐かれる。
「女を買うなとは言わないよ。でも、節度ってもんがある。お前さん、金ないんだろう。そう毎日毎日、取っ替え引っ替えしてちゃ駄目だよ」
きっと、木内の言う通りなのだろう。僕くらいの歳で売女を買い漁り、伴侶も恋人も作らず色だけに狂うというのは、大変な悪事で、軽蔑に値するものだったのだろう。
けれど、僕は女に対して特別な感情を抱けなかった。肉を貪る対象でしかない女という生物には性欲以外に浮かばず、手を繋いだり、どこかでご飯を共にしたりといった一般的な付き合い方がまったく想像できなかったのだ。
「悪い事は言わないから、控えなよ」
木内の話に相槌を打ち、僕は早く終わらないかと苛立っていた。早く女を買って、それでまた酒を飲んで、何もかも忘れて寝てしまいたいとしか、考えられなくなっていた。
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