第8話

 派遣員を取りまとめる会社からは翌日に電話が鳴り、その日に面接をする事になった。

 駅前の喫茶店に呼び出され、いざ行ってみると中年の男に「こっちこっち」と気安く手招きされた。どうして僕の事を知っているのか聞いてみると、上長から履歴書をもらったという。なんだか僕自身が物のように扱われている気がして不愉快だったが、自身を鑑みると溜飲が下がった。僕は所詮、その程度の価値しかない。しずと座り、男の話を聞く。男は、明後日から勤務してほしい。場所はどこぞこにある。給料はこれくらいときて、最後に「仕事は厳しいけど大丈夫かい」と続けた。



 そう言われると、僕は少し竦んだ。

 これまでも何度か怒鳴られたり詰られたりしてきたが、改まって「厳しい」と明言されると気がひける。まして、それを承知してしまえば、何をされても自己の責任の下に処理されてしまうのではないかと恐れたのだ。しかし、情念的な忌避感はすぐさま現実の問題によりかき消える。働かなければ飢えて死ぬと思えば、多少の辛苦を憂い逃げ出す事などできはしない。意を決し「はい」と頷くと、男は「そうかい。よかった」とニヤつき、鞄から書類を出して僕に渡すのであった。



「それじゃあこれに一筆よろしく」


 

 広げられた契約書の署名欄を指差され、僕はペンを持って促されるままに自身の名を記していく。途中、不安で執筆の走りを止めそうになったが、理性と正気に後押しされ、最後まで挫けずに最後に印を捺した。



「結構です。最後になりますが、くれぐれも仕事に来ないとか、早くに辞めるなんて事がないように」


 男は早口で捲し立てると、僕の名が書かれた書類を引ったくって鞄にしまい、「それじゃあ明後日にきてくださいね」とだけ述べ店から出て行った。残された僕は、本当にこれでよかったのだろうかと悩んだのだが、全ては後の祭りであり、どうにもならなかった。

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