第4話

 度し難いのは、そうした被害者然とした境遇をよしとしながら、それそのものによって精神が引き裂かれていたという点である。僕は理不尽な叫びを上げ、巨悪により弄される自分を作り出して陶酔していたわけだが、結局のところそれで何かが変わるわけでもなければ得られるわけでもない。晴れない鬱屈は堪え難い現実の厳しさを強調し、僕は打ちひしがれて、役を忘れて内に籠る事も多々あった。仮面を外して悲歎する僕は間違いなく惰弱で、見ようによっては哀れみや同情を買う様だったかもしれない。しかし、そうした本当の悲しみを、僕は恥じた。何もできない、どうしようもない自分を認められず、また、人に知られたくなかった。僕はあくまで不当に貶められた存在でなければならなかったし、それを憂いながらも孤高に立つ者でなければならなかった。自ら落伍していったという事実は見たくなかったし、見られたくない。確かに、矮小な自分を嘆いているのに。


 そんな思いが顕著となるのが女を見た時だった。

 僕は当時、女の肉体を知らずにいた。女に対して興味がない。不浄だと言い聞かせてきた。だが、人間の欲は業深く、望まないわけにはいかない。僕は人間が持つ動物的な部分に従いたく、行使したかった。

 だが僕には都合のいい相手がいなかった。手に届くところに誰もいなかった。淫奔が蓄積するも処理できず、街を歩いては、あの娘なら僕を分かってくれるだろうか。この娘なら抱かれてくれるだろうか。などと下衆な値踏みを行い、胸の膨らみや揺れる髪を視姦していた。自分には縁のない異性を卑しく目で追っていると鼓動が昂まり戦慄く。あの膨らみに触れて掻き回したい。服を脱がして隅々まで見てみたい。女の部分に触れ、生命に刻まれた情念に身を任せたい。汗が流れ、口が渇き、呼吸が荒くなるもの、僕は女を見送り、やり場のない欲求を無理やり忘れる他なかった。しかし、忘れようとも忘れられず女の身体が頭にこびりつき、虚しさと悔しさに唇を噛むのだった。金がない事よりも粗末な仕事に就くよりも、これが一番堪えた。

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