第30話 イッツ・ハロウィン(2)
平日だから遊園地にいるのは学生ばかりだ。夜になれば昼間働いている人たちも遊園地にくるだろう。
遊園地のスタッフがお菓子を配っている。大人でももらえる。アトラクションもハロウィン仕様に衣替えしている。もちろん今日一日だけのためではない。十月いっぱいの期間限定だ。
課題制作に追われる毎日だから、ストレス発散とばかりに三人で楽しんだ。日が短くなっていて暗くなるのが早い。お昼を食べたら、すぐ夕方だ。仕事終わりの人たちがやってくるまえ、明るいうちに帰ることにした。久保田さんが帰ってくるまでに二人を追い出さなければならない。二人は、また久保田さんの部屋で着替えをして帰っていった。沙莉はハシャぎすぎて疲れてしまった。ふたりを駅まで見送る元気も残っていなかった。今日は夕食を作りたくない。着替えもせずソファでダラケる。
久保田さんもジェットコースターの苦手意識を克服してくれれば、もっと楽しいことができるのに。久保田さんには久保田さんのいいところだってあるけど。船が運転できるなんてすごい。そういえば動物園の残り半分を見にいく約束をしていたんだ。いつにしようか。課題が終わってから考えよう。
ジェットコースターのように急に体が浮いた。
「あ、あ、あ、沙莉、沙莉。ううぅ」
耳元で声がする。なんだ?苦しい。久保田さんだ。久保田さんが抱きついてきた。それはうれしいのだけど、くるしい。それにまぶしい。どうやらソファで眠っていたらしい。
「久保田さん、ちょっと強い。女の子はやさしく抱きしめてください」
顔をのぞき込んでくる。ビックリしたような顔してる。ビックリしているのはこっちだ。
「相内さん、生きてる?生きてる!生きてる。大丈夫?苦しい?」
「いや、腕が痛いです」
「腕?どうしたの?」
「久保田さんの力が強いんですよ」
久保田さんがすごい強さで腕をつかんでいる。
「なに?大丈夫なの?死にそうじゃない?」
「死にはしませんよ。もう解放されたし」
「首の傷は?」
「首?」
首を触るとザラザラヌルヌルする。ハロウィンのメイクのせいだ。
「すみません。これメイクです」
爪をつかって下地ごと特殊メイクをはがす。血のりで手が汚れた。傷のなくなった首を見せる。久保田さんは、ゴンと頭をぶつける音がするほどの勢いで倒れて、床に大の字で寝転んでしまった。
大阪芸大の事件で特殊メイクの印象が残っていたから、仮装をゾンビにして、首をパックリ斬られて殺された美女のゾンビになったのだ。異議は受けつけない。
「あー、心臓止まった。これキレていいやつだ。でしょう?相内さん」
「なにがですか。ダメですよ」
「帰ってきたら、電気ついてなくて、頸動脈切れてるわ、顔色は死んでるわ、服は血だらけだわでソファに寝てたら、死んでると思って心臓止まるほどショック受けるって、そりゃ。殺しにかかってますよ、完全に。力だって抜けて、わけわからなくなるってもんです。ああ、くそっ」
声が震え、腕を目のあたりに当てている。
「わたしのこと死体だと思っちゃったんですか?ここ密室ですよ?」
「密室殺人だってある」
「ハロウィンの仮装するっていったじゃないですか」
「首切るなんていってなかっただろ」
いつになくぶっきらぼうだ。
「なに、泣いてんですか」
「泣いてねえし」
「でも、涙拭いてるじゃないですか」
「これは心の涙」
「普通に涙じゃないですか」
「ああ、もう。相内さん、抱きついていいですよ。いまだけ特別」
「なんですか、その高慢ちきなセリフは。ま、抱きついてあげますけど」
沙莉がソファをおりて抱きつくと、久保田さんが抱きしめてくれる。幸せだ。
「謝ってください」
「ごめんなさい。わたし悪くないけど」
「おれはいつも悪くなくても謝ってます」
久保田さんには災難だったけど、幸せだ。大阪では冷静にゴム手袋して首に手を当てていた久保田さんが、取り乱して抱きしめることしかできないほど心配してくれた。安心したら、今度は抱きしめてくれた。
「ああ、生きてる。あったかいし、やわらかい」
「おっぱい見ます?」
「おっぱいの話じゃありません。皮膚と筋肉の弾力です。死体にはない」
「そうですか。死体とくらべられてもうれしくない」
失礼しちゃう。ありがたく拝めばいいのに。そうだ、今度おっぱいオブジェを作って久保田さんにプレゼントしよう。ついでにどのくらいの大きさがいいか聞きだせるだろう。
久保田さんに上から抱きついていたのが、体をいれかえられて、床の上に組み敷かれた。久保田さんが床に手をついて覆いかぶさっている。じっと見つめてくる。以前はゾンビとは嫌だといっていた。
「ロマンチックじゃないですけど」
「見つめあってます」
今度はこっちの心臓が止まりそうだ。
「こんな床の上ですけど」
「ベッド行きますか」
「顔ぼろぼろですけど」
「はやく、生きかえらせてください」
久保田さんの顔がちかづいて、唇が触れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます