第29話 イッツ・ハロウィン(1)

 昨日は久保田さんにとうとう告白した。けれど、怖くて答えないでっていってしまった。意気地なし。どうなんだろう、一歩前進と言えるのだろうか。

「ねえ、沙莉ちゃん。課題はいいの?」

「うーん、手につかない」

 考え事に忙しいのだ。

「一昨日は楽しかった?」

「うん。一昨日はね。人生最高の日だった」

「昨日は?」

「うーん。人生最悪の日といっていいと思う」

「そう」

 咲名ちゃんはまた金槌を手にして、金属を叩きはじめる。キンコンキンコン。自分でもやったけど、横で見ているとまたちがう印象をもつ。こりゃ、腕が太くなってしまうのもうなづけるなと。

「久保田さんが知り合いからクルーザー借りてくれてたの」

「お金持ちだね」

「会社の偉い人っていってたよ」

「すごーい」

「すこし沖に出て、星を眺めて、シャンパン飲んで、オードブル食べて、となりあって寝て帰ってきた」

「ロマンチックだねー」

「ロマンスはなかったけどね」

「いつもどおりだ」

「最悪の話も聞いてくれる?」

「お茶でも飲みながらにしよっか」

「休憩?いいの?」

「うん。キリがいいから」

「なにができるの?」

「壁にかけるかざり。木の板に固定して、絵みたいに飾るの」

 咲名ちゃんが作っているのは金属の植物。たぶん阿久津さんが壁画に書いていたやつだ。咲名ちゃんなりに阿久津さんの死を乗り越えようとしているってことだろう。


「えー、それは驚きだね。許せない」

 美作さんが久保田さんにプロポーズしていた話を咲名ちゃんに聞かせた。

「でしょ?キレて腕振りまわしてたら水槽をぶん殴っちゃって、下に落ちてガッシャーンだよ。水槽の水が床に広がって、クラゲは床でノビちゃって、アクリルが粉々」

「沙莉ちゃん怒らすと怖いね」

「そんなつもりなかったんだけど。自分でもショックで。太田に帰れっていわれて。イスに丸くなって落ち込んでたら久保田さん消えちゃったんだ」

「消えたって。大阪のときの死体じゃないんだから」

 生協で買ったシュークリームを頬張る。

「ほう。ただ下の階の人に床水浸しになっちゃったって話しにいっただけだった」

「だよねー。人が消えたらミステリだよ」

 学食の無料のお茶で口の中をクリアにする。

「でも、そんなの知らなかったから、ミステリだったんだよ」

 久保田さんを探して水族館に行った話をしたけど、ペンスケがシャベったことは秘密にしておいた。ふたりだけの秘密という約束だからだ。堤防で久保田さんに飛びついた話。

「告白したんだ!それでなんて?」

「うーん。怖くなって、答えないでっていっちゃった」

「そっかー」

「だって、年の近い人と付き合った方がいいって、いつもいうんだよ?きっと断られる」

「むづかしいねー」

「本当。こんなにむづかしいと思わなかった。それに、こんなに人を好きになるものだってことも」

「そうだねー。困ったことだね」

 咲名ちゃんの困った顔は深みがちがう。シュークリームを全部口に入れてお茶で流し込む。

「ご飯食べて帰ったあとにもトラブル発生したんだよ」

「盛りだくさんな一日だったね。さすが最悪な日」

「久保田さんの部屋の下の人、おっぱいデッカい美人なお姉さんだったの!雑用頼まれてやってあげてたんだよ?それでなかなか帰ってこなくて、わたしが取り残されてたってわけ」

「久保田さん、まわりにライバルだらけだね」

「チーズケーキのおすそわけくれたんだけどね?普通においしかった。北海道出身で実家が牧場やってて、チーズを送ってくれるんだって」

「乳製品のおかげかね、おっぱいおっきいのって」

「やっぱりそう思う?もっとチーズ食べなくちゃかな」

「久保田さんはおっきい人が好きなの?」

「わかんない。ノーコメント」

「みんながみんなおっきいのが好きってわけじゃないからむづかしいんだよね」

「そうなの?」

 咲名ちゃんの胸を見る。ちぇっ。

「そうだよー。ロリコンの人なんて、ペッチャンコのほうがいい人いるんだよ?ロリコンでも大きいのがいいって人もいるんだけど」

「なにそれ、あったまおかしいよ」

「人それぞれってこと」

「そろそろもどろっか。わたしも課題に取り組まないと。一日も無駄にできないんだった。話聞いてくれてありがと。

 そうだ。火曜日大丈夫だよね。空けといてね。凛ちゃんも一緒だよ」

「うん。わかってる」

 火曜日はハロウィン。館林の遊園地でイベントがあるのだ。遊園地は水族館、動物園と並んで海沿いにある。みんなでハロウィンの仮装して遊ぶ予定だ。久保田さんは遊園地苦手だから、友達と楽しむしかない。仮装なんてしてくれなさそうだし。沙莉はそのまま久保田さんの部屋に泊めてもらう。週休の前日だから都合がよい。


 学生の生活は嫌でも充実してしまうものらしい。毎日朝から晩まで課題の制作に憑りつかれるように励んでいたら、すぐに火曜日だ。凛ちゃん、咲名ちゃんとは駅で待ち合わせ、電車で館林に移動してきた。

 久保田さんに部屋の鍵を借りるため、ひとり別行動で館林駅から水族館に向かった。その間、ふたりには駅近くの商業施設で荷物と一緒に暇つぶしをしてもらった。鍵を借りて合流し、久保田さんの部屋で仮装の衣装に着替える。凛ちゃんは海賊。咲名ちゃんは魔法使い。沙莉はゾンビだ。ハロウィンの仮装というと、このへんが定番だろう。いや、海賊はハロウィン関係ないかもしれない。

 自分でメイクしづらいところは咲名ちゃんにしてもらう。無理に自分でやろうとすると手がツリそうになる。

 ドンピシャンで下地をつくり、上にメイクアップパテを盛る。自分でできるのはここまでだった。作りたい傷の形にパテを切り広げる。傷口の中はこげ茶色のグリースペイントで塗る。ゾンビだから傷ができて時間が経っているはずだ。あとはブロードペイントで血を表現する。血は傷からにじむし、たれるし、切った勢いでまわりに飛ぶ。筆を顔の近くで振って血しぶきを表現する。ネットで調べて入手したやり方だ。

「うへー、われながら上出来みたい。気持ち悪い」

 咲名ちゃんの可愛い顔が、気持ち悪そうにしている。

「あー、ほんとうだ。もうちょっと血のりたして。たれる感じで」

 鏡で見て、リアルな感じに満足。

「服に着いちゃうよ?」

「いいのいいの。今日が終わったら捨てちゃうから。こんなボロボロにしちゃったらもう着られないし」

「それもそうだね。大胆にイっちゃうか」

「うんうん、思いっきりやっちゃって」

 完成して凛ちゃんに見せたら、顔をゆがめた。

「痛そうだな。見たくない」

「凛ちゃんは凛々しいね」

「名は体を表すってやつだな」

「そういえば、久保田さんに鯛のさばき方を教わって、一匹丸々食べたことあるんだ。もうやりたくないけど」

「その鯛じゃないけどな」

「わかってるよー。連想だよ。思い出したから」

「咲名ちゃんは、かわいいね。憎い。もっとおばあさんにすればよかったのに」

「かわいいの嫌いみたいね」

「うん。久保田さんが帰ってくるまでに帰ってね?」

「沙莉ちゃんも、かわいくはないかな、すごいよ」

「完成度は一番じゃない?」

「うんうん、そうそれ。完成度」

「褒め言葉が見つからなかっただけでしょ」

「そうともいう」

「ちぇー」

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