第12話 クラゲ、魂の彫刻(3)

 九月最終水曜日。沙莉は餃子を作っている。作りまくっている。久保田さんが餃子好きだからだ。動画のお披露目兼打ち上げ兼新学期もガンバろうパーティーだ。工芸科の工作室にて。咲名ちゃんは工芸科のお家芸、ピザ焼きを披露してくれる。久保田さんはスクリーンとプロジェクタのセッティングに余念がない。いまだにレコードをかけたりするくらいだから、オーディオ関係も好きなのだろう。プロジェクタのセッティングはオーディオのセッティングに似ていると思う。鯨井さんの彼氏と話しながら手を動かしている。

 大きい音がスピーカーから鳴りだした。スクリーンにも映像が映っている。けっこうなオジサンたちがロックを演奏している。たぶん久保田さんの好みだ。すぐに適度な音量に調整された。映像のピントもあっている。自動で調整してくれるのだ。

「パソコンで普通のスピーカー鳴るんですね」

「オーディオインターフェースという機械をかませて、パソコンをオーディオアンプみたいにできるんです」

「万能か」

「かなりいろんなことできますけど、人間のやりたいことなんでもできるようになったかというと、まだまだですね。まだこんな機械だし」

「どうなればいいんですか。ロボットですか」

「そう。本体はポケットサイズのロボットで、言葉とジェスチャーで命令と出力ができて、人間はメガネかけて視界に自由に画面の内容を表示させられる、とかですかね」

「未来の絵なんていうの子供が描かされたりしますけど、建物とか車とかばっかりで、パソコンの絵とかでてこないですよね」

「パソコンを知らない段階の子供だからじゃないですか」

「車はいつになったら空飛ぶようになるんですか」

「エネルギーの無駄だからならないでしょうね」

「つまんないですね」

「地面を走る車ももってませんけどね」

「そろそろはじめますか」

 フライパンのフタをとって、蒸気がもわっと立ちのぼる。パチパチと油がはじける。匂いもよい。

「沙莉ちゃん、挨拶して」

 咲名ちゃんが飲み物を配ってまわっている。ピザは焼けたらしい。

「そういうのいらないんじゃない?」

「協力してくれた人に感謝を述べないんですか」

 久保田さんもシャベらせたいらしい。

「みんなのおかげで、動画が完成しました」

 拍手。

「これから完成動画を流します。あ、ユーチューブにもアップロードします。クレジットに自分の名前がないぞーとか、クレームがあったら、咲名ちゃんを問い詰めてください」

 咲名ちゃんからひどいと声が上がる。

「やっすいお礼だけど、餃子と、咲名ちゃんがピザつくってくれたので、取り合わせはイマイチだけど、食べて楽しんでください。それと、もし次に協力が必要なら言ってください。凛ちゃんがガンバってくれるはずです」

「沙莉の借りだぞ」

「そうでした。わたしもガンバります。またみんなでなにかできたらいいですね。じゃ、カンパイ」

 乾杯のあと動画の再生がはじまった。音がついたバージョンははじめてだ。音楽は、編集済みの映像を見て、鯨井さんたちが曲をつくって演奏して録音もしてくれた。幻想的ですごくいい雰囲気に仕上がっている。短い動画だから、すぐにエンドロールになってクレジットが流れてゆく。相内沙莉が製作総指揮となっていてズッコケてしまった。沙莉のクレジットで動画は終了。みんなで拍手。

「わたし製作総指揮だったんだ。たしかにクラゲは作ったけど」

「スピルバーグみたいでかっこいいでしょ」

 咲名ちゃんが得意げだ。ピザももっちりねっとりでおいしい。もつべきものは、工芸科の友達だ。

「監督、次回作はどうするんだ?」

 凛ちゃんがやる気を見せるとは意外だ。メンドクサイことが嫌いなのに。

「えー。もうすぐガッコウはじまっちゃうよ?」

「実技の課題くらいだろ。もう講義はとらなくても単位足りるし。そしたら時間的には余裕ができるんじゃないか?あたしは、そう期待してんだ」

「そうなんだっけ。でも、課題でなにつくるかわからないからなー。まだ不明。時間足りなくなるかもしれないよ」

「あたしは、適当なので済ますつもり」

「凛ちゃんならデッカイのつくりそうなのに。ダビデ像みたいな」

「まあ、一部だけな」

「なにが?」

「なにが。ま、どうでもいいけど」

「まずはチーム名決めたらいいんじゃないですか」

 久保田さんは餃子を箸でつまんでいる。

「チームって、暴走族ですか」

「あとロゴ」

「ロゴか。芸大生としてはいいかもしれない」

「トトロみたいなやつ」

「ジブリのロゴパクるんですか」

「トトロじゃなくてペンギンの横顔とか」

「もう。パクりませんてば」

「ラインのスタンプのキャラとか?」

「やですよ、恥ずかしい」

 動画はループでずっと再生されている。音量控えめで。

「じゃあ、宿題ですね。チーム名とロゴと次の構想」

「そんなに?わたしひとりで?」

「製作総指揮なんだから。指名してもいいかもしれないけど」

 またなにかアイデアが思いついたら連絡とりあうってことで、パーティーを終了した。大学の門のところで解散になった。

「沙莉、どっち行くんだ?家こっちじゃないか」

 凛ちゃんが歩道の角で指さしている。

「館林に帰るんだ。久保田さんち」

「付き合いはじめたのか?」

「うーん、押しかけただけ」

「女房にしてもらえてないのかよ」

「ヤドカリ娘だね」

「つぎのテーマか?もしかして」

「しないしない」

「じゃ、嫌われないようにな」

「気をつける。でも、クラゲ終わっちゃったから太田に帰ってくるよ。ガッコウはじまるし」

 手を振って、凛ちゃんは行ってしまった。

「あーあ、終わっちゃいましたね」

「まだです」

「家に着くまでが遠足ですか」

「いえ、動画をアップするまでです」

「そっか」

 バッグをポンポンと軽くたたく。

「アカウントどうするんですか?」

「どうするってなんですか」

「相内さんの個人のアカウント?」

「ユーチューブのですか、もってませんよ」

「簡単に作れると思うけど、みんなの共有のとかにしなくていいのかなと」

「いいですよ。動画の説明のところにクレジットいれて、ブログとかもってるひとはそのアドレスいれるようにすれば」

「なら、すぐ作業できますね」

「ちょちょいのちょいでしょ?久保田さんなら」

「おれはやったことないです」

「なーんですか、あんなエラそうにしてたくせに」

「エラそうでした?」

「そうですよ。動くものつくったらユーチューブにあげないとねっ、みたいな」

 なぜかメガネをちょいとあげる仕草をしてしまった。久保田さんはメガネをかけていない。

「まあ、一緒にやってみましょうか」

「はい。手取り足取り」

「足は取りませんけど」

「はいはい」

 久保田さんの部屋に帰宅して、動画をアップロードした。むづかしくはなかった。アドレスをみんなに知らせておいた。きっと勝手に宣伝してくれるだろう。久保田さんはツイッターでツイートして宣伝してくれた。

 久保田さんの部屋から荷物を引き払うとき、鍵を返せと言われてしまった。また忘れてくれてもよかったのに。久保田さんらしくもない。しぶしぶ返した。しばしのお別れだ。

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