第二の書簡

 私は、国語が苦手だけれど小説は書くし、高専に通って四年にもなるけど自分が文系の人間であるような気がしてならない。というのも、日中の空がなにゆえ青いのかとか、夏の暑い日にアスファルトを遁走する水の正体はなんなのだろうとか、特段私は気にならない。不思議に思いはするが、それはきっと、神様が涙をこぼしているだとか、水の聖霊が我々と追いかけっこをして遊びたいだとか、そういう答えをされたほうが、ずっと情緒的で気分がいい。

 だからといって、私は別に理系科目が不得手なわけではない。かえって、テストの点数は文系科目よりも随分といい。それは、普段我々がぼんやりと生きてゆくのに、レイリー散乱も、光の屈折も知識として必要ないからだ。だからこそ、勉学に情緒を問うようなものが出始めると、自分がどれだけの天邪鬼なのかを疑いたくもなった。

 だけど、神話は苦手だ。歴史学も苦手だ。覚えることが多いからだ。

 私は個々の考えかたや感性に面白みを置くのであって、ことの正確性にさして重きを置いていない。そういうところは、解答用紙の中で、答えにさえ辿り着ければいいというおおまかな考え方が好きだ。国語はそういう考え方にまでけちをつけられる、というよりも、それに正誤性をもとめるのだから始末が悪い。

 私はもっと感性豊かで、風采の華やかな、理系の人間になりたい。

 俗っぽく言うなれば、阿呆で居たいのだ。


   ――二〇二一年八月二十五日水曜日 二十一時十五分。


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