第2話 純喫茶同好会の面々

純喫茶同好会の面々は、日曜日に集まるらしい。


店主のふみ子さんは今日もターバンを巻いて緑のピアスを揺らしていた。


「いらっしゃい果歩ちゃん。香山くんたち、もう集まってるから。奥の席ね」


壁沿いに歩いて覗き込むと、タバコの匂いがした。甘ったるい煙の匂い。


一斉に私を見た三人は、次の瞬間拍手をしたから驚いた。


「自己紹介、しよっか。って何で私が仕切るわけ? 香山くん発足人でしょうが」


茶髪の巻き髪をした女性が仲睦まじそうに‘香山くん’に話しかけるが、当の香山は寝癖であちこち向いている黒髪をかきあげ、垂れた眉をこちらに見せ、小さく会釈しただけだ。


なんだか緩そうな顔。眠いのかもしれない。


それが香山に対しての第一印象だった。


「鈴木さんだっけ? ふみ子さんに聞いた。純喫茶同好会にようこそ」


言ったのは香山でも、巻き髪の女性でもなく、黒縁の眼鏡をした色白で長身の男だった。


「鈴木果歩です、よろしく」


また拍手が起きる。妙な雰囲気だな。変なところに入っちゃったかな。少し不安だ。


「あたし、マリ。こっちは香山で、こっちが洋二」


巻き髪の女性は紹介を簡単に済ませた。


香山は背伸びをして、その手が私に少し当たり、また小さく会釈した。人見知りだろうか。良く見れば香山はえらく小柄だ。肩幅なんて30センチ定規に収まるんじゃないだろうか。


洋二がそれから、と言った。マリの補足だけど、と続く。


「まだもう一人メンバーが居て、穂波っていう子。もう少ししたら来るんじゃないかな」


私は頷いた。具体的には何をする同好会なんですか? と訊いたら、香山が欠伸をした。寝不足だ、確実に。


「俺らみんな、ふみ子さんのファンなの。そんでもってこの店が好きで。特に活動は無し。でもたまにそれぞれのお勧めな店に出かけたりはするよ」


香山が喋り出したら、驚くくらい小さな声だった。けど、体躯のわりに低く、滑らかな声をしていた。近づいて声を聞き漏らさないようにしていたら、香山の耳に無数のピアスがついているのに気づいた。


「まあ、好きなように喋ったり、する感じ」


マリが付け加えて、アイスコーヒーの赤いストローをかき回した。氷の音がする。


足音がした。大きく小走りをしている音。


「ごめん、遅くなっちゃった」


黒くて緩いパーマがかかった髪の女性が入ってきた。


「穂波ィ〜おそーい。今日さ、新人ちゃん入ってきたんだよ」


マリが唇を尖らせて親しげに穂波へ言うと、穂波はマリに手を合わせてごめんごめん、と明るく笑った。仲がいいのかな。と思ったのは、同じ形のブレスレットをしていたからだ。


「果歩ちゃんだっけ、煙草って大丈夫? 」


マリが私に訊きながらマルボロを取り出す。


「大丈夫、私、気にしないから」


私は無難に笑って返すが、気にも留めないような素振りでマリは火を付けた。


ちょっと苦手かもしれない、この人。マリの指先はラメたっぷりの青い爪が付いていて、そう思った。


香山がああ、と声を出した。


「ああ、歌いたい」


矢先、洋二がくすりと笑う。マリは穂波と話し始めて、なんとなく分裂した会話の中で、私は隣の香山を見据えた。


「歌を歌うの? 」


香山がこちらを見た。丸くてどんぐりみたいな目だ。半分、寝たような目。


「俺、バンドやってんだ」


洋二がそれに補足するように、


「香山はボーカル。俺はギター。同じバンドで幼馴染。パンクロックしてる」


と言った。


ボーカル。確かに歌えば通りそうな声をしている。低くていい声だ。


「へえ、聴いてみたいな」


私が言うと、香山は目を細め、


「パンク好きなの? 」


どこか呆れたように言った。


私が聴く音楽といえば、勝太が勧めてくれたJAZZ。それから、父がくれたクラシックのCDと、ラジオに流れる流行りの歌。


「聴いたことはないけど......」


口ごもる私に香山はへぇとため息みたいにして、正面を向いてしまった。


なんだか、腹がたつ。パンクを知らないくらいで、そんな風に興味ないみたいにされるなんて。


「パンクって、もっと派手なんじゃないの。なんで、二人とも黒髪なの? 」


私が言ったら洋二がまた、くすりと笑って、眼鏡を中指で直した。


マリがそれに割り込んで、


「あのねえ、こいつら会社員だから、髪染められないんだって。なあにがパンクよね、しっかり社会に馴染んじゃって。むしろ社畜」


と言うので、香山がむくれる顔を見せた。唇を尖らせて、鼻にしわを寄せている。


穂波が止まってしまったマリとの会話を不満そうに、宙を見ながら紅茶を飲んだ。




なんだか、うまくやっていけるのかなあ。

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