ある悲しい英雄の物語

豊 ともみ

英雄の思い出

 彼、フィリップ·ナタリアは英雄であった。


 生まれた時から剣の才能があった彼は、魔王討伐パーティーの勇者として選ばれた。


 彼は、小さい頃から努力し、研鑽を重ねてきた。魔王を倒す為、誰よりも強くなるため、励み続けた。


 そしてとうとう彼は、魔王を討ち、魔族を滅ぼし、多くの人を救った。


 彼は多くの人から愛され、慕われて生涯を向かえる、筈だった。


 しかし多くの貴族は彼から、自分達の権力が、実権が取られてしまうのではないかと、自分達の立場が失くなってしまうのではないかと、その力を恐れられた。


 彼らが彼を追い出そうと考える事に、時間はかからなかった。




 彼は、あらぬ罪を着せられ、勇者の称号を剥奪され、魔物が数多く住み着いた森に追放された。


 彼は何もしていない筈なのに、家からは追い出され、人々からは非難された。自分は何もしていないと何度弁明をしても、誰も信じてくれなかった。


 彼は、憤った。悲しんだ。多くの人を憎んだ。恨んだ。怨んだ。軽蔑した。辛かった。絶望した。苦しかった。初めて人に対し、殺意を覚えた。自分の人生を憂えた。嘆いた。自分のせいなのかと、悩んだ。


 彼は、自分はどうすれば良かったのかと悩み続けた。考え続けた。惟い続けた。昼夜何処までも問い続けた。


 結果、彼はひとつの結論にたどり着いた。それは、全ての人が死ぬ事が、生まれてこないことが、最も幸せになれる方法というものだった。一瞬で、痛みも、死ぬ事への恐怖も、何もかも知らないうちに死ぬことが幸福だと彼は考えたのだった。




 彼は、追放されても何処までも心優しい勇者だった。故に、彼は貴族達に復讐をすることが、貴族達を殺すことが出来なかった。だが、彼は全ての人が死ぬ事が人々への救いだと信じた場合、話は別だ。


 彼は人々が知らぬ間に、人類を滅亡させる計画を立てた。どのように人類を滅亡させるかを考え続けた。角度、距離、場所、魔力を増幅する魔道具の用意、etc...。彼はそのための努力、様々な計算や測定を重ねた。




 そして彼は、人類が滅亡するとはとても思えない、あくる日の静かな朝、とうとう計画を実行した。


 彼は、魔道具によって増やした自身の魔力を全て集め凝縮、そして星の中心部に到達させ、そこで爆発させた。


 その瞬間、瞬きする間とも言える程の一瞬で、星の中心部にブラックホールのようなものが現れ、全てのモノが吸い込まれた。彼の思惑通り、人類は痛みも、苦しみも恐怖も感じない中で、滅亡した。彼はその中で笑いながら、死んでいった。




 その日、世界で、ある一つの星が消えた。
































 ···しかし、彼は転生してしまった。


 彼は、せっかく死んだのにまた生まれてしまった、と考えた。彼は仕方がないのでもう一度死ぬ事にした。


 彼はもう、前世の貴族達からの仕打ちにより、死ぬ事への恐怖は、欠片も失くなっていた。寧ろ、死ぬ事を望むようになっていた。そして生まれてから二日後、彼は水魔法を使って溺死した。








 ···しかし、彼はまた転生してしまった。彼は何も考えず、今度は火魔法を使って焼死した。








 ···しかし、また彼は転生してしまった。彼は転生する度に、窓から飛び降りる転落死、紐を使った縊死、ガスによる中毒死、刃物による失血死、雷魔法を使った感電死、氷魔法を使った凍死、何も食べない事による餓死、etc...。様々な方法を使って自殺した。


 その度にその家族達は悲しんだが、彼にとっては彼らの気持ちなどどうでもいいに等しく、特別罪悪感や悲しさを感じる事は無かった。




 そして、自殺回数が1000回を優に越えた頃、彼は自殺することに飽き始めていた。そのため彼は少しの好奇心から、人生を少しだけ生きてみようと考えた。




 彼は、次は地球という魔法の使えない星にある日本という国の、普通の家庭に生まれた。彼は、そこで両親に愛され、兄弟とケンカをして育ち、中堅大学を卒業して、サラリーマンとなり、愛する人と結婚して、時々仲違いしながら、その度に仲直りをして、子供を三人つくり、子供が無事に産まれた時は泣いて、叱ったり、誉めたりしながら育て、家族で旅行をしたり、お祭りに行ったり、誕生日を祝ったり、子供達の学校の行事に行って写真を撮ったりして、大学に受かったときは感動して泣いて、子供達が一人立ちした時はまた泣いて、60歳になって仕事を辞めて、妻と余生を静かに暮らして、家族に看取られながら、悲しい顔をしないでくれと思いながら死んだ。




 彼は、ここで転生してから初めて泣いた。喜んだ。愛された。その感情を仲間と共有した。


 彼は、この星で、何処にでもいるような、普通の家庭、家族に囲まれて育ち、そして特別でも何でもない普通の人間と同じ普通の人生を送った。


 しかし彼は、勇者だった時よりも、自殺した時よりも、どんな時よりも幸福に包まれて死ぬ事が出来た。


 彼は今まで自殺ばかりしていた自分を恨んだ。普通で、でも幸せな沢山の家庭を壊した勇者の頃の自分を憎んだ。




 彼は、勇者だった頃に犯した自分の罪を認め、そして例え自分のした事が許されなくても、その罪を償いたいと考えた。






 彼は、まだ終わり無く転生を続けている。しかし、彼は悲観することなく、多くの人の幸せの為に、今も何処かで働き続けている。

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