おとぎばなしは面白い

桃白

一寸法師の章

一寸法師 一

 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが仲良く暮らしていました。


 山の中で、暮らしは決して豪華ではありませんでしたが、ケンカは半年に一、二回しかしませんでした。


 そんな二人には、子供がいませんでした。


「さつきさん、そろそろ子どもが欲しいね」

「そうですねトムさん。今日もお参りに行きましょうか」


 おじいさんは修学旅行でカナダに来たおばあさんに一目ぼれして、その場で求婚した猛者もさでした。そしてその場で受け入れたおばあさんもなかなかにしたたかです。


 そんな二人は、子供を授かるために、一週間ほど前から近くのお寺にお参りしていました。


 今日も二人は一緒に山の上のお寺へと歩いていきます。

 ローストビーフをそなえ、手を合わせてお祈りします。


「お願いします、子供をお授けください。できれば男の子でまんまるのほっぺに大きな黒目で、性格は優しくて桃のようで……」

「さつきさん、それは望みすぎというものだよ。元気ならなんでもいいじゃないか。この前だって浴びるほどの豆腐を食べたいと言ったら空から大量の絹豆腐が降ってきて、大惨事だっただろう」


 おかげで掃除にどれだけ苦労したか、とため息をついたおじいさんに、おばあさんもぺろりと舌を出しました。


「その前は一日中楽しく過ごさせてくださいとお願いしたら、笑いが止まらなくなってしまいましたものね」

「あの時は死ぬかと思った」


 げっそりとしたおじいさんは、豊かな白髪をなでます。


「とにかく、望みはそこそこにという話だ」


 名残惜しそうなおばあさんを連れて、おじいさんは山をくだったのでした。

 

 その夜のことでした。


 おばあさんが急に産気づいたと言ってうめきだしたと思うと、子供を一人生んでしまったのです。


 ぶっとんだ夫婦に、初の子供ができた瞬間でした。


「ちょっと……ついていけないんだが」

「お祈りどおりですねトムさん。可愛いわ」

 

 赤ちゃんってこんなに小さいものなんですね、とおばあさんは手に収まるほどの赤ちゃんを大切に胸に抱いて笑います。


 何か違うと思ったおじいさんです。そういえばさつきさんは世間知らずの箱入り娘だったと今さらながら思いだします。


 そんなおばあさんは、とても幸せそうでした。


「この子の名前はどうしましょう」


 嬉しそうに言うと、おばあさんは何か思いついた様子でどこからか定規を取り出してきました。


 よく見れば、美しい細工の入った漆塗りの定規です。おじいさんは仰天しました。そんなものが家にあることは知らなかったのです。


「おばあさん、そんなものどこに」

「あら、いつも飾っておりましたわよ」


 やけに丁寧な口調で言って、おばあさんはにたりと笑いました。


「それ以上は知ったら絶交ですわよ」

「いや、分かった分かった」


 何も見なかった、と言い張ったおじいさんはうすうす気づいていました。あれはさつきさんのへそくりだろう、と。


「あら、ちょうど一寸だわ。じゃあ一寸法師ね」

「ちょっと待った!勝手に決めるなさつきさん!俺にも少し考えさせてくれ」

「あら、トムさんは?」


 しばらく考えたおじいさんは、得意満面に「やはりここは日ノ本の国。日ノ本太郎でどうだ?」と言いました。


「ださい!」

「ええっ」


 おじいさんはこの世の終わりだとでも言わんばかりの表情を浮かべました。


「なんで!?」

「なんで、じゃありませんよ!なんですその名前!この子の特徴がひとっつも入っていないではありませんか!この子がかわいそうです」

「さつきさん、日ノ本太郎の首を絞めているぞ……!」

「一寸法師です!!」


 そんなこんなで、おばあさんが争いに勝ち、赤ん坊の名前は一寸法師に決まったのでした。

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