04 定例会議 2/2
「ごきげんよう。第七席様はいらっしゃるかな?」
定刻よりも僅かに早く、チーナ・ケーターは現れた。
快活な声に視線を上げれば、燃えるような赤い髪が目に飛び込んでくる。日に焼けた首元を汗が伝っている。生まれ持った物なので仕方のないことではあるのだが、この猛暑の中で見るには
赤い瞳がレンリを見た。そして、微笑む。
「おはよう、レンリくん」
「おはようございます」
如才のない微笑に薄ら寒い物を感じながら、レンリも負け時と平常通りの挨拶を返す。
すると、自分のデスクで出かけ支度をしていたナナハネが勢いよく立ち上がった。
「チーナさん、おはようございます。スカーレット社長はもうすぐで戻られると思いますよ」
「ナナハネちゃん、おはよう。そのワンピースにそのカチューシャ、すごく似合ってるよ」
「えっ? ほんとですか? あ、ありがとうございます!」
本日のナナハネは、ピンクの小花柄のワンピースに白いレース飾りのカチューシャを着けていた。チーナがくると聞いて急いで着替え治す様子に、レンリは妙な関心を覚えたものだ。
魔法書店でマーシュとやり合った際、彼女はチーナのがさつな言動の一部始終を聞いていたはずなのだが。
「どう? 仕事は順調?」
「はい。ちょっとずつですけど、営業にもだいぶ慣れてきました」
「君、町中で評判いいよー。笑顔は満点、気遣いも満点、話もよく理解してくれるって。もっと自信持ったら?」
「そんな、私なんて、社長に比べたらまだまだで……」
「そうだね。あとは、あの図々しさを物にできたら、君も敵なしかもしれないね」
「えっ、ちっ、違うんです! そういう意味で言ったんじゃなくって」
「冗談だよ」
「もう、チーナさん」
憧れの対象であるチーナに間近で微笑みかけられて、ナナハネは始終顔を綻ばせている。
後ほど改めて粗野な本性を暴露してやろうかなどと考えていると、レンリにだけ分かるように睨みつけられる。平静を装って机上に目を落とした。
スカーレットがナナハネにも顧客の対応を任せるようになって早2ヵ月。ナナハネも営業の仕事が板につき、より高度な交渉も任されるようになってきた。
とは言え、押しに弱いのは相変わらずで、客のペースに乗せられたり不利な契約を迫られたりした結果、社長や秘書に泣きの通信を入れてくることもままあるのだった。
この日も、定例と化した資料室での情報交換が行われた。
レンリがチーナの本性を知ったあの一件以来、当然のように彼にも参加する権限、もとい義務が課せられていた。これには、れっきとした所以がある。
魔法教会の最高議会に属する者は、教会から誰かしらの補佐役を置くことになっていたのだ。素性の知れない人間を宛がわれるよりはと、断腸の思いっで補佐役の任を拝命したレンリであった。
なお、第四席であるチーナの補佐役についてレンリが彼女に尋ねたところ、「ただの役立たずだ」というぶっきら棒な回答が返ってきたことも追記しておこう。
閑話休題。マーシュ・クワイトについて、もう一度情報を整理しておこうというのが、今回の会議の趣旨であった。
「マーシュ・クワイトってのは偽名だろうが、便宜上この名前で呼ぶことになってるからな」
「確か、彼は闇属性と精神汚染の固有魔法を使ってきたんだったわね」
「魔法書店の店主であるロア・ブレントを、闇属性の上級魔法で殺害。これは、僕等が現場を見ているので間違いありません」
「魔法書店の常連客の女に、日常的に精神汚染を掛け、利用していた形跡あり。ロア・ブレントと共謀して魔法書の盗難事件を起こした疑いと、
「3回に渡る勇者襲撃事件の首謀者だってことも忘れんなよ」
「彼について、スカーレットさんが魔法教会に問い合わせました」
机上に並べた数枚の書類を順に指差しながら、レンリ。
「まずは、彼が使用してきた固有魔法についてです。闇属性の攻撃魔法、『カオス・ブレード』。同じく、『シャッフルフォール』。こちらは恐らく精神汚染を与える固有魔法だと思われます。魔法教会の記録によると、いずれも該当者は見つからなかったそうです」
「魔法教会で把握してねえ固有魔法があるってのか? それを教会側も認めたって?」
チーナは、渋面で書類の一枚を手に取った。眉間に皺を作りながら熱心に読んでいる。
「残念ですがそういうことになりますね」
「魔法教会を通さねえで固有魔法を作るなんて現実的じゃねえだろ。魔法書を作れるのは調法師だけ……!?」
憮然とした表情が驚愕に代わる。透かさずスカーレットが後を継いだ。
「そう、可能なのよ。調法師の彼がいればね」
「カロン・ブラックとマーシュ・クワイトは繋がってるってことか」
「ほぼ間違いないわ」
「つまり、とんでもない重要人物を逃がしてしまったわけですよ、僕等は」
レンリの声は、痛恨の念を多分に含んでいた。
「そんで、奴等の所属が亡霊組織だと」
「まだ可能性の一つです。あの子供も認めていたようなものですし、ほとんど正解だとは思いますけど」
亡霊組織ワンライン。捕えられるのは小さな事件を起こす末端ばかりで、規模や本拠地、リーダーや幹部の素性など、肝心要なことは何一つ突き止めることができていない。
そういった背景から、魔法教会内ではそのような呼び方をされているという話だった。
「つまりこういうことですよね? マーシュ・クワイトとカロン・ブラックは、亡霊組織ワンラインの幹部である可能性が高いと」
「セラフィーナ・シュバイツもな」
チーナが
上級魔法の違法購入者リストの中から、先日彼女が見つけ出してきた名前だ。元魔法教会の人間で、5年前に強盗殺人事件を起こして処刑されたというのが、魔法教会から提供された唯一の情報である。
史上最悪の裏切者。それが、セラフィーナ・シュバイツという人間に世間が下した判決であった。
それだけならば、ワンラインと関連付けるのはやや早計だ。しかし、彼女がカロン・ブラックの妹であるという裏情報をチーナの口から聞いた後では、とても無関係とは思えない。
「最も考えられるのは、何者かが名前を語っている可能性ですね。その場合、今更彼女に成り代わる動機は何でしょう? もしくは、何かの便宜が図られて、処刑は執行されていなかったとかでしょうか?」
どちらにしても面倒ではあるが、後者だとしたら恐るべき事態であるとレンリは考える。その場合、魔法教会内部に協力者がいた可能性が高くなる。
「んんな馬鹿なことがあるかよ。あたしは5年前にあれが連行されてくとこを見せられてんだかんな」
「あなたが見たのが本物のセラフィーナ・シュバイツだと断言できますか?」
「はあー? んっだよてめえ、偉っそうに。やるか!?」
「やりませんよ」
二人の間に漂い始めた不穏な空気を切り裂いたのは、朗らかな女の声であった。
「この辺りにしておきましょう。いろいろと気になることは多いけど、私たちにはそれぞれ本業があるんだから」
場を収めようとする様子から一転、俄かに彼女の雰囲気が変わった。サファイアの瞳に怪しげな光が
「ということで、ワンラインについての調査はあなたたちにお任せします。健闘を祈るわ。それじゃあ!」
素早く席を立ち、
「逃がしませんよ」
「お前もやれ!!」
「あ、やっぱりダメ?」
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