番外編その1 「酒は飲んでも飲まれるな ~勇者編~」
酒の席というものは、いつでも欲望が渦巻いている。
「乾杯!!」
小さな店内に、グラスを打ち合わせる小気味の良い音が響く。男たちの輪の中心では、紅一点の女が営業用の笑顔を振り撒いていた。
「勇者殿。いかがです? たまにはあなたも一杯」
「いいえ。せっかくですが、私、お酒は飲まないと決めているので」
「そんなこと言わないで。どうぞどうぞ」
「はいはい、かんぱーい!」
普段は紳士的な取引先の男たちも、酒が絡むとやたらと押しが強くなる。けれど、酒気の漂うグラスを差し出された女は、受け取らずに神妙な表情を用意した。
彼女には、秘策がある。
「私、お酒が入ると性格が変わるんです」
「どのように?」
「身体が熱くなって」
「ほう」
「気持ちがよくなってしまって」
「ふむふむ」
「狩りたくなるんです。命を。手当たり次第に」
「……」
「……」
店内の空気が、凍りついた。
「ってー、お酒を勧められる度に言ってたらー、最近だーれもお酒に誘ってこなくなっちゃったー! あはっ! みんな命は惜しいってことよねー? 人間っておもしろいわ! あはははは!」
「……」
「私だってー、鬼じゃないんだからー、理由もなくそんなことしないのにねー? 理由があればやるけどー!」
「……」
「レンリ? そこで一人で立って何してるのー? 一人って……あはっ! レンリは一人しかいないじゃない! おっかしい! あはは! あははは!」
「あのう……」
「ダメ……あはっ! もう……あはは! おなか、痛いわ……! あはははははは!」
オフィスの床できゃっきゃと転げ回るスーツ姿のいい大人。彼女に冷ややかな視線を浴びせながら、レンリは盛大に嘆息した。
「で? どこの命知らずなんですか? こいつに酒を飲ませたのは」
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