17 冷然たる光
◆21
オクトスレッドとの攻防は、そう長くは続かなかった。
自警団員の放った魔法が隙だらけの脅威へと直撃し、その動きは途端に鈍重なものになった。
「エアル!」
「ハイドロ!」
「レイガ!」
圧縮された風球が、高度を高めた水球が、そして光弾が、続け様に巨大蜘蛛へと命中する。中級魔法をこれだけ身に受ければ、もはや死は免れない。
オクトスレッドは、無数の瞳を見開いたまま、その動きを完全に停止した。
「やったのか?」
「そうみたいね」
「あっけない」
「油断はするなよ」
自警団の男女が巨体の傍へと歩み寄る。彼等とて熟練だ。近づくその動きに一切の油断がない。
レンリは、苛立ちを含んだ大きな嘆息を漏らした。数日をかけてここまで漕ぎつけたのは、他でもない自分たちだ。最後の最後で成果を横取りされて、機嫌よくいろと言う方がおかしい。
とは言え、切り替えは大切だ。角を一つ紛った路地裏では、怪我をした二人の同僚が、レンリの治療を待っている。
後処理は自警団に任せ、挨拶もせずに踵を返そうとした。
ところがである。
そのレンリの目の端で、何かが動いたような気がしたのだ。動くはずのない、8本の足が。
「みなさん!」
自警団の敗因は、この脅威の足に対する認識の甘さ。重厚な音とともに、鋭く閃く黄色い閃光が、並んで蜘蛛を見上げていた二人の男女に直撃していた。
「う、そ……」
「まだ、生きていただと……」
これまでとは比較にならない速度だった。反応の遅れた残りの二人も、あえなく稲妻の餌食となる。
「もう、何なんですか」
全力で走り続け、幾度も魔法で酷使した体は、立っているだけで精一杯だった。
だが、それでも、やらなければならない。この場で杖を振り翳すことができるのは、レンリただ一人だけなのだから。
「アルバード!」
ところが、あろうことか、レンリのなけなしの魔法は、巨体の横を白々しく通り過ぎた。極度の疲労で魔法の精度が落ちているのだ。そして、それは、眼前の脅威も同じはずなのだが。
膝をつきそうになった体を、壁を支えにしてどうにか踏み止まる。目を離したのは一瞬のはずなのに、先刻の場所に8本足の姿はない。
ではどこへ?周囲を見回すが、どこにもその姿を捉えることができない。恐るべき命への執念だ。満身創痍の大きな体で、いったいどこへ逃げたと言うのか。
「いや。もしかして!」
思い当たってはっとする。その刹那、派手な破砕音が辺り一帯に木霊した。
考えるよりも早く、足は動き出していた。懸念が核心に代わる。民家の横を通り、古びた店舗のその先へ。
命を繋ぐには魔力が必要だ。オクトスレッドは、本能的に魔力を求めたに違いない。すぐ近くで、より大きな魔力を得られる人間を。即ち、あの脅威が目指したのは。
「オリエンス商会」
部屋の窓が突き破られている。二階の突き当りの部屋。そこは、まさしく社長室。
「セレンさん!」
案じたのは、社長秘書の方だ。彼は、戦闘の術を一切有していない。その上、主属性は水。あの雷撃に当たれば、重傷を負うのは確実だ。
懸念は拭えないが、しかし、分かってもいる。彼女のフィールドで、そんな心配は無用であると。
「アイスバーン」
その声は囁くようであったが、遮る物のなくなった窓からレンリの耳にはっきりと届いた。
2年前の戦いで、何度も耳にした製氷の音、そして、立て続けに何かが割れる音。
「レイガント」
蒼空を渡る、終わりを告げる声。部屋から溢れ出す鮮烈な光とともに、巨大な氷塊が飛び出してくる。
それは、耐魔壁を突き破った衝撃で木っ端みじんに砕け散り、小さな氷片となって辺り一面に舞い落ちた。自然の悪戯のようにも見える、何とも神秘的な光景であった。
「おお……」
「綺麗」
一部始終を目撃した通行人が、感嘆の声を上げている。
彼等はこの氷片の正体を知らない。それはきっと、幸運なことだった。
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