第3章 見知らぬ世界 〜 気付き(3)
気付き(3)
――ちょっと、待ってくれよ!
それはこれまでのように、様々な動きを経てからのものではなかった。そこにある景色が歪み始めて、渦を巻いて吸い込まれていく――そんな現象など一切ないまま、次々と出現する面妖な景色が、見慣れた家並みを呑み込みながら近付いてくるのだ。このまま立ち尽くすなら、後十秒もしないうちに呑み込まれてしまう。考えてる場合じゃなかった。瞬は踵を返し、何も起きていない方へ走り出した。走りながらも不安になって、彼は何度も振り返る。広くなった道には車線が引かれ、その両側に馬鹿でかいビルが折り重なって見えた。そんな見たこともない光景が、まるで津波が押し寄せるように瞬を追い掛け迫っている。幸い距離は狭まっていなかったが、迫りくる恐怖に彼は何度も吐きそうになった。
そうして結構な距離を走った頃に、瞬はふと思うのだった。
どうして? ――と、奇妙な事実に気が付いた。
足音も聞こえて、地面を蹴っている感覚だってある。左右の景色もちゃんと後ろへ流れていって、だから気付きもしなかったのだ。もうかれこれ5分以上走っている。それも可能な限りの全速力でだ……なのに……いったいどうして?
――俺……本当に走ってる?
そう思いたくなるくらい、息がまるっきり乱れていなかった。陸上部だった頃の未来ならば、きっとそんなことだってあるのかもしれない。しかし瞬は運動部どころか、高校を卒業して以来満足に走ったことさえないのだ。本当ならきっと1分だってゼイゼイな筈。そんな事実に気付いた時、彼は走ることさえ怖くなる。だが立ち止まれば確実に、襲い来る空間に呑み込まれてしまうだろう。
――そうなったら、俺は死んじゃうのか?
ほんの一瞬、そんな恐怖が頭を過るが、
――知るもんか! もうどうにでもしてくれ!
と心に叫び、瞬はそこで一気に立ち止まった。するとそれを待っていたように、前方の景色が一瞬で消え去る。まるで本のページを捲ったように、前方が瞬時に別世界と入れ替わってしまった。もうどこをどう見回しても、見知らぬ風景だけが彼の周りを取り囲んでいる。そしてふと気が付けば、瞬はスクランブル交差点のど真ん中にいた。人っ子ひとりいないアスファルトの上で、煌びやかな風景の中心に彼は1人立ち尽くしていた。
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