第1章  日常 〜  死の予言

 第1章  日常 〜  死の予言(2)


 

 未来が座っていたのは、バスの最後尾にある4人掛けの席だった。列には他にも園児が座っていて、窓際にいる未来の1人おいた隣には、小池誠一くんの姿もあった。何気なく窓の外を眺めていて、それはきっと、まさに同時だったように未来には思えた。彼女の目が瞬くんを捕らえた瞬間、彼は既にバスに顔を向けていて、

 ――待って! 待ってよ……。

 口がそう動いたように見えたのだ。未来はいけないものを見た気がして、すぐに視線を逸らして前を向いた。早く出て! そんな未来の思念を感じたかのように、その直後車内にエンジン音が響き渡った。それからコンクリートのスロープをゆっくり下っていき、バスは門を抜けてゆっくり細い道を進んでいく。そこでやっと、未来はホッと胸を撫で下ろし、いつもの風景に目を向けた。やがて幼稚園沿いの道を左に折れて、大きな通りに入ってスピードを上げる。そうなって未来は、少しだけ背伸びをして後ろの景色を覗き見た。まさかと思っていたのだ。ある筈ないと、思えたからこそ見ようと思った。ところがそこに瞬くんはいた。誠一くんの乗ったバスを追って、必死の走りを見せている。未来は思わず目を見張るが、スピードを上げたバスには敵う筈もなく、その姿はあっという間に見えなくなった。

 その後10分くらい揺られてから、母親の待つ住宅街の一角でバスから降りる。それからの10分ちょっとは、何事もなくいつも通りだったのに……。

 突然の連絡は、誠一くんと同じマンションに住む知り合いからだった。電話の後すぐ、母親は未来に家にいるように言い付け、大慌てで家中の鍵を閉め切って出ていった。何があったのかを未来が知るのは、それから更に2時間くらいが経った頃、空が薄らと暗くなり始めてからになる。

 ――小池誠一くんが、ついさっき車に轢かれて亡くなった。

 幼稚園の送迎バスは、混雑する道などまず通らない。だから毎日だいたい同じ時刻に決まった場所に到着した。だから普通、お迎えに遅れることなどない代わりに、その到着をジリジリして待つなんてこともない。その日、誠一くんの母親も、そろそろね……と玄関に足を向けかけたのだ。ところがその時、まるで予期せぬ電話が鳴った。どうせセールスか何かだろうと思いながらも、彼女はその電話に出てしまう。

 言ってみれば、それは僅か1分足らずの時間だった。電話を終えて門の前に出ると、バスがちょうど家の前を通り過ぎる。彼女は慌てて走り出し、道を渡らずにそのままバスを追いかけた。そのせいで、いつもなら停車する側に立っている筈が、その日彼女はバスの到着を道の反対側で見届ける。もしこの時、彼女が道を渡ってさえいれば、事故など起こりはしなかったろう。

 幼稚園のバスが走り去った後、そこには誠一くんの他に、2人の園児とその母親の姿があった。笑顔の園児2人とは違って、誠一くんはいかにも不安そうだ。いつもいる母親の姿がなく、友だちの母親に連れられて帰るなど、これまで1度だってなかったのだから。ところがバスが目の前から走り去ると同時に、正面に立つ母親の姿が目に入る。不安げだった彼の顔が一瞬にして笑顔に変わった。誠一くんの母親も、そんな笑顔に手を振って答える。お帰り! まさにそんな印象に向かって、なんとが彼がいきなり道路に飛び出したのだ。そして誠一くんが道路中央を越えた途端、ドンという音がして、彼の身体がフッと消える。その時、道路の向こう側にいる母親は、その手を降ろしてさえいなかった。

 そこは、中央車線1本だけ引かれた住宅街の一本道。普段それ程車の行き来があるわけではないのだ。ただその時は運悪く、マイクロバスが走り行くのと入れ違いに、逆側からワゴン車が1台突っ込んできた。

「即死だったそうよ……可哀想にね……」

 そう言っていた母親の言葉が、今でも未来の耳にしっかりと残っていた。

 そしてその翌日から、幼稚園に関係する様々なところで噂が広がり始める。それは確かに、今回の事故に関する噂に違いなかったが、

「同じ幼稚園の子に死ね死ねと言われて、とうとう自分から車に飛び込んだ……」 

 なんてものから、

「乱暴な男の子に突き飛ばされて、やってきた車に轢かれてしまった……」

 などという、まさしく事実無根のものにまで及んだ。勿論、幼稚園で働く先生たちや、現場にいた親子らから語られる話にそんなものはない。しかしそれでも、菊地瞬という男の子が、当日の朝から園児の死を声高に叫んでいた――という事実が、様々な憶測を呼び込むのだった。後々、誠一くんの母親の耳にも噂の幾つかが入ったらしく、菊地瞬の家に怒鳴り込んだなんてことまでが伝わった。

「どうしてお宅のお子さんは、息子が死ぬなんてことを知っていたのですか?」

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