第1章 日常 〜 髪の長い男(2)
髪の長い男(2)
――誠ちゃん!
きっと、本当に声になっていた。叫び声を感じて、俺は思わず跳ね起きたんだ。
そこは、紛れもなく自宅の寝室。俺は服を着たままベッドに寝転んで、暫くあの少女のことを考えていた。
ところが知らぬ間に眠りに落ちて、これまた懐かしい夢を見ていたらしい。
これは実際に経験したことで、これまで何度も見た夢だった。ただ最後はいつもとぜんぜん違って、まるで意味不明の展開となる。小池誠一がなぜか女の子になっていて、更にその顔が一向に思い出せなかった。
それでもきっとあの子なんだろう。
そう思って、俺が起き上がろうとした時だった。いきなり、どこからともなくサックスの音色が響き渡った。そこでようやく俺は、CDをかけっぱなしだったことに気が付く。
きっと最後の曲が終わって、リバース機能が働き1曲目に戻ったんだ。実のところ、俺は最近ジャズばっかり聞いている。特にベッドに寝転がって考え事をする時なんかに、これ以上の音楽はないとさえ思うんだ。例えそのまま寝てしまったとしても、テナーサックスの音色が夜明けを知らせてくれる、なんて最高だろう? ただとにかく、残念ながら目を覚ましてしまった。だからCDを止めに行こうと、俺はベッドから足を投げ出そうとした。
――くそっ、またか……?
その時、間接照明からのオレンジ色の光が、一瞬微かに揺らめいた気がした。置き時計に目をやると、午前2時をちょっと過ぎた頃だ。再び、俺はオレンジ色の光にじっと目を凝らす。すると確かに、何かがすうっと光の中心を通り過ぎた。
「またかよ……」
俺は少しだけ忌々しそうに呟いて、天井にある蛍光灯のスイッチに手を伸ばす。
案の定、それはいつものあいつだった。蛍光灯が白い光を放った途端、その姿が薄らと浮かび上がる。顔や身体の盛り上がったところが、光に反射して白っぽく見えた。ただそれ以外、殆どの部分は透明のままだから、じっとしているとその姿はかなりヘンテコだ。ところがちょっとでも動こうものなら、動いたところだけが薄らと光り始める。時には手の甲の血管までが浮き上がって、まさに人間らしい姿を見せつける時だってあった。
初めて目にしたのは、1年前だったか2年前だったのか、部屋の中にまで現れた! って感じで、最初はこの先どうなることかと心配にもなった。背丈が結構あって、長い髪を後ろで束ねている。でも決して、若い男って感じじゃない。とにかく我が物顔で動き回るそいつは、大体いつもこの時間、午前2時頃に現れた。それから俺のことなんか無視しっぱなしで、明け方頃には勝手に消え去ってしまう。もしかすると、こいつは以前この部屋に住んでいたのかも知れない。死んだことにまるで気付かず、未だここで生活してるつもりでいるのか? だとするなら……、
――いつか俺の前に、色付きで現れるのかもな……?
そうなったら長い付き合いに免じて、せいぜい丁寧に見送ってやろう! 俺は空間に浮かぶ光の揺らぎを見つめながら、そう思ってやっと心穏やかになれていた。
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