旅立 -3-
クライゼル・シュネッケ。王宮の入り口付近。
そこに、70前後の兵士達が集結した。
各々が剣、盾、槍、弓などで武装し、また多くの武具、兵糧を載せた荷車も数台並んでいる。
その中に、Pチームの姿もあった。
「なんじゃ? ウォール殿」
定藤が頭を掻きながら言った。
「
ウォールが微笑する。
「重ね重ねになるが、私には戦争の経験がない。慣れない得物を使うよりは、自分の持ち味を活かした道具の方が良い」
「『昇降』が持ち味ってのも変わった人だよなぁ……」
ニコラスが呟くと、定藤はそっちの方を向いた。
「そう言うおぬしも、戦に赴くというより己の身を守るだけ考えたような風ではないか」
「うっせぇ。俺はまだ能力もないし、お前らみたいに筋肉も無いからこれでいいんだ」
ぼやくニコラスを無視し、定藤はあたりをキョロキョロ見回す。
「して、あやつらはどうした?」
「ああ、もうすぐ来るんじゃねぇの?」
ニコラスがそう言ったタイミングで、数名の兵士達に支えられながら、一人の少女が歩み寄る。
周りの兵士より一回り二回りも身体の小さい林は、その身体にピッタリと合った鎧を着ている。その装飾は、ウミニーナが着ていた鎧のものとよく似ていた。
「すごいよこの鎧!」
林は目を輝かせながら言った。
「見た目は厳ついのに、すごく軽くて体操着を着てるみたいだよ! 見た目もお洒落だし!」
「……まるで危機感がないのこやつ」
定藤が呆れながら言った。ニコラスがウォールに耳打ちする。
「あいつが着てる鎧、ウミニーナが小さい頃に訓練用で着てたやつらしいけど、教える?」
「やめてやりなさい」
ウォールが小声で返した。
林の後ろから、背の高い兵士が歩いてくる。兵士は
「……お待たせいたしました」
γが頭を下げながら言った。そのγを見て、林がポカンと口を開ける。
「……ガンマちゃん、また随分と変わった姿に……」
γの格好は、林のものと比べるとお粗末な代物だった。
サイズの合う鎧が無いγのために急ごしらえで作ったもので、壊れた鎧の破片を無理矢理繋ぎ合わせ、手足だけは自由に動かせるように穴が開いているだけという有様だ。まるで鉄の樽に詰め込まれ、そこから手足だけが伸びているような格好である。
しかし、当のγはさほど気にしている様子ではなく、鎧を注文した定藤も特に何か言おうとはしなかった。少なくとも、要望の最低限は叶えられている。
結局のところ、装備の良し悪しに関係なく、誰が倒れ、誰が生き残るかも分からない旅がこれから始まるのだ。ここでうだうだ言っても時間の無駄だろうと、定藤は判断した。
「陛下と姫様が参られたぞー!」
兵士の一人が声を上げた。それを合図に、全員が膝をつき、頭を下げる。
定藤がそれに倣い、ウォール、林、ニコラスも同じようにした。γは長身の兵士に肩車されたままのため、頭のみを下げた。
王宮の入り口から、護衛の兵士達に囲まれながら、国王クリフレイシが現れた。傍らにはウミニーナがおり、彼女は鎧を身にまとっている。
クリフレイシが護衛と共に立ち止まると、兵士達の中からホーシュが出てきて、クリフレイシの前で膝をついた。
ウミニーナはそのまま歩き続け、ホーシュの隣に立つと、クリフレイシの方に振り返った。
そして、腰に携えた長剣を鞘から抜き、頭上に高々と掲げた。
陽光が、長剣にキラリと反射する。
ウミニーナは、大きな声で宣言した。
「国王陛下! このアバロニア王国第一皇女ウミニーナ、たった今より兵士72名、および異世界の勇士五名を引き連れ、魔王を討伐に向かいます!」
クリフレイシは黙って頷く。
「隊の指揮はこのウミニーナと、騎士団副団長のホーシュが!」
「はは!」
ウミニーナに名を呼ばれ、ホーシュが声高に返事をする。
「そして、勇士の代表であるサトザキサダフジに!」
定藤が腰を上げて一歩前進し、また膝をついてクリフレイシに一礼した。
ウミニーナが続ける。
「必ずや賊を討ち、そして我が母……騎士団長リンボウを救出いたします!」
クリフレイシはまた頷き、そして口を開いた。
「……頼んだぞ。アバロニアの命運、そなた達に預けた」
「はっ!」
ウミニーナは剣を下ろし、素早い動作でまた鞘に納めた。
兵士達が立ち上がり、おおぅ、と雄叫びを上げた。
彼らと共に声を上げつつ、合間に定藤は小声で言った。
「数は少ないが士気は高い。良い兵達ぞ」
「……士気で倒せる敵ならいいが」
ニコラスが緊張した面持ちで呟いた。
魔王征討軍は民に見送られながら、クライゼル・シュネッケを出立した。
クライゼル・シュネッケを出た征討軍は湖を渡り、北側の畔へ上陸した。
そこからは最短ルートを経て北の地の果て、「魔王城」へと向かうわけだが、途中何回か町に立ち寄り、休息と補給を行う手筈になっている。
最初の目的地は、クライゼル・シュネッケから少し離れた「アルメハ」という町に決まった。一同は、その町に向かうための峡谷を進む。
峡谷は、霧が濃かった。入ったばかりの時は気にする程でもなかったのが、今では十メートル先を確認するのも難しいくらいに、視界を覆っている。
「……ここいらは、いつもかように霧が出ておるのか?」
うんざりした声で定藤が言った。
ホーシュがはい、と頷く。
「この近辺は『糸撒』という霧を吹き出す岩が多く、常に霧が出ている土地なのです」
「岩が、霧を吹いているんですか?」
荷車に揺られながら、林が言った。
林はまだまともに歩くことが出来ないため、兵糧を載せた荷車に隙間を開け、そこに乗せてもらっている。
この世界に来たばかりの頃は車の揺れに参っていた林だったが、今ではすっかり慣れたようだ。
林の質問にホーシュが答える。
「岩なのか生物なのか、あるいは魔物なのか……古からこの土地にある名物のようなものです。商業価値はありませんがね」
ホーシュがふふ、と微笑した。
ホーシュがそのような冗談を言うのが、林には意外だった。
出会ってすぐの時や、クライゼル・シュネッケでの言動から、彼は愚直なくらいに真面目な兵士という印象があった。自分の想像よりも、もう少し柔軟な人間なのだろうか。あるいは、彼なりの緊張の現れなのかもしれない。
「全隊、静止を」
不意に、ウミニーナが告げた。一同は立ち止まる。
ウミニーナは両手を前に出した。そしてグ、と空気を押すように力を込める。
前方に立ち塞がっていた濃霧が、押し出されるように晴れた。ウミニーナの「念力」の力である。
「しばらくは視界が開けるでしょう」
ウミニーナはそう言って、再び隊を進軍させた。
さすがは姫様だ、という声が兵士達の間で飛び交う中、ウォールがウミニーナに尋ねた。
「ウミニーナは、我々と同じように不思議な能力を持っているようだが……」
「え? は、はい」
ウミニーナがウォールの方を向く。ウォールは続ける。
「その力は、いつ、どこで身に着けたんだい?」
「……えーと」
ウミニーナは少し考え込むように黙った。
「魔法かなんかじゃねぇの?」
ニコラスが適当に呟くと、近くに居た兵士が笑った。
「ははは、勇士様は中々夢のあることを申されますな」
「いやいや、勇士様達の世界では魔法は当たり前のようにあるのかもしれないぞ」
別の兵士が真面目な顔でそう言った。
ニコラスは無性に恥ずかしくなり、盾で顔を隠した。
しばらくしてから、ウミニーナが口を開いた。
「……この力は、昔『ある方』に教えていただいたものです」
ある方? とウォールが聞き返す。
「その方は、勇士様達を召喚する術も、教えてくださった方です」
「ああ、なんかそんな人がいたって言ってたね」林が言った。「どんな人なの? 今なにしてるの?」
「……あの方は」
林の質問に、ウミニーナは困ったような顔をした。
「今思い返しても、よく分からない人なのです」
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