夜襲 -3-

 騒ぎは王宮の、王族達が暮らすエリアにも届いていた。

 数人の兵士達に囲まれながら、国王クリフレイシは安全な場所へ誘導されている。

「賊だと!? 見張りの者はどうした!」

 寝間着姿のクリフレイシが声を張り上げる。

 付き添う兵士の一人が、声を絞り出すように言った。

「我々が気付いた時は……既に全員……!」

「……っ! おのれ……!」

 クリフレイシが歯を軋ませた。

 その時、クリフレイシは前方から、別の兵士の一団が駆けてくるのに気付いた。

 先頭を走っているのは、鎧を着込んだウミニーナだ。

 クリフレイシが驚く。

「ウミニーナ!? そのような格好でどこに行く!」

 ウミニーナもクリフレイシに気付き、兵士達と共に膝を付いた。

「父上! 賊は宿舎棟に侵入をした模様です! 今から救援に向かいます!」

「姫様が!? なりません! 危険です!」

 クリフレイシの護衛の兵が声を上げるが、ウミニーナはそれを制す。

「宿舎棟には勇士様達が泊まっているのです!」

 兵士全員が言葉を飲んだ。ウミニーナが続けて告げる。

「賊はおそらく魔王軍! それもかなり強力な魔物だと思われます! ここは『能力』を持つ私が行かなくてはなりません! 勇士様達の身に何かあれば……それこそアバロニアの終わりを意味します! ホーシュ!」

 ウミニーナは立ち上がり、傍らに座るホーシュに声を掛ける。ホーシュは頷き、他の兵士達と共にウミニーナに続いた。

「ウミニーナ!」

 クリフレイシが言った。

 ウミニーナが振り向く。

「……決して、死んではならんぞ」

「…………は!」

 ウミニーナは前方を向き、兵士達と共に駆け出した。

 クリフレイシの一団も、避難を再開する。

 護衛の兵士達に囲まれながら、クリフレイシが誰にも聴こえない声で呟いた。

「余は…………無力だ……」



「火の勇士ヨォ、お前、確か自分を舐めるなとか抜かしたナァ~?」

 魔王四天王の一名、グランキオが鼻歌を奏でるように言った。

 宿舎棟。三階の回廊の一辺で、リンは石で組まれた怪物、グランキオと対峙している。

 グランキオが続けて話す。

「やっぱり舐めていたのはそっちだったナ。『水練』を倒したからいい気になっテ、安易な攻撃を繰り出したのはお前ダ」

「く……!」

 林は唇を噛み締める。

 屈辱だった。自分の火が効かないなんてことが、あっていいはずがない。

 林は再び、右手をグランキオに向ける。

「マルスレッドキャノン!!」

 右手から火炎が発射され、グランキオの身体に直撃する。

「無駄だト……言ってるだろうがァアア!!」

 グランキオが両腕を振り、風圧で火を掻き消した。

「ム……」

 グランキオの前方に林の姿は無かった。

 グランキオがさらに奥に目を向けると、林は廊下を全力で駆けていた。

 その下、二階の廊下から状況を見ていたニコラスが叫ぶ。

「そうだ……林! 逃げろ、逃げてくれ! もうすぐ定藤サダフジ達が来る! だからそこから降りて合流を……!」

 林は階段がある場所まで来ると、

 階段を上に駆け上がった。

 ニコラスが床を蹴って叫んだ。

「ああああああ! そうだよ! お前はそういう奴だよ! どうしてそこまで一人で解決しようとするんだお前は……!」

「林様……」

 γガンマが不安げな声を出した。

 駆ける林の姿を眺めながら、グランキオが間延びした声を出す。

「ふ~ン……火でオレを攻撃することは諦メ、目くらましに使って逃げるつもりカ……浅はかだナ」

 人型を成していたグランキオの身体が、バラけた。

 身体は幾百もの石の大群に変わり、その全てが、弾丸のような速度で林の後を追いかける。

「は……はやい!」

 階段を駆け上がる林が後ろを見て言った。

 林はそのまま一気に五階まで上がり、五階の廊下を走っていく。

 グランキオの石の大群はそれにすぐ追いつき、さらに林を追い抜いて、彼女の目の前で再び人型を形成した。

「うぅ……!」

 林は思わず足を止める。

 グ、グ、グ、とグランキオが軋むような声を出した。

「このグランキオから逃げることは不可能ダ……そしてしつこいようだガ、オレに『弱点』はなイ……無駄な足搔きはよすんだナ」

 笑うように、グランキオの顔を成す小石が歪んだ。

 林はグランキオの様子を見て、こいつが今まで戦った魔物達とは、まるで違う存在のように思えた。

 ゴブリンやスライム達も人間を襲ってきたが、彼らはどこか自分の生態を守るような戦いをしているように林は感じた。

 しかし、こいつは明確な悪意を持って、自分を殺しに来ている。人間を追い詰めるために生まれてきた生き物にすら思える。

 グランキオが人型を成して身体を形成するのも、人間を馬鹿にするためにやっているのではないかと林は邪推する。「お前たちなど取るに足らない存在だ」と、その身体で示すように──

「第一射! 構え! 放てぇ!!」

 突如、真下から大きな声が聴こえた。

 それと同時に、何本もの矢が、グランキオ目がけて飛来する。

 矢はグランキオに命中するが、その身に刺さることはなく、ガインという音と共に跳ね返り、床に落ちる。

「んア?」

 グランキオが矢の飛んできた方向を見た。

 林も同じ方角に目を向ける。

 矢が放たれたのは一階で、そこには二十人からなる弓兵と、彼らと同じ鎧をまとった定藤が居た。定藤自らも弓を握っている。

 傍らには定藤達を呼びに行ったウォールもおり、五階の様子を必死に伺っている。

「第二射! 構え!」

 定藤がそう叫ぶと、兵士達は矢筒から矢を取り出し、キリ、と弓を引く。定藤も同様だ。

「放てぇ!!」

 定藤と兵士が一斉に矢を放つ。矢は再びグランキオに命中するが、一回目同様、身体には刺さらず跳ね返されてしまう。

 定藤が「ちぃ!」と舌打ちする。

「弦の張りが甘い! もっと強い弓はないのか!」

 定藤は兵士達に顔を向ける。

「いずれにせよこの距離では精度も威力も欠ける! おぬしらはここで矢を射続けておれ! は上に向かう!」

 定藤がそう告げると、定藤の数が十人に増殖する。定藤達は踵を返すと、階段を目指して走り出した。

 それを見ていたグランキオがグ、グ、グ、と軋むような声を上げる。

「距離なんて関係ないナ。例え至近距離から鈍器で思い切り殴ったとしてモ、オレの身体にはヒビ一つ入ることはなイ。オレの身体はこの世で最も固く、故に最強なのダ」

 兵士達の放った三度目の矢がグランキオに命中するが、前二つと同様の結果に終わる。

 グランキオが林の方を向き、林も改めてグランキオに対峙する。

「さテ……下の連中はしつこくオレに矢をぶつけるだろうガ、オレはこれを気にすることはなイ。今からやることはまず目の前のお前を殺シ、その後残りの勇士共も順番に殺していくだけダ」

「く! マルスレッド──!」

「無駄だとまだ分からねぇカァ!!」

 林が右手から火炎を出す前に、グランキオから放たれた石が、林の右足首に命中する。

「……っっ!!」

 ビキッ、という強烈な痛みが足首に走り、林はその場に倒れ込む。

「まずは足ダ……これ以上逃げられると面倒くさいからナ」

 ズンッ、ズンッ、と廊下を震わせながら、グランキオは林に近付いていく。

「ち……くしょう……! よりによって足首か……!」

 林は右足を抑え込みながら、グランキオのことを睨みつける。

 ──奴は、わたしがここに逃げたと思っているが、それは違う。

 奴は弱点が無いなんてほざいているが、こいつを倒す方法はある。

 それを奴に気取られることなく「作戦」を進めなくてはならない──!


 一階。五階の様子を見ていたウォールは、林の「作戦」に一早く気付いた。

「まさか……林! 下ではなく上の階に逃げたのはそのためか!? だが……!」

 ウォールは急ぎ周りの様子を確認するため、顔を左右上下に動かす。

「……!」

 ウォールは回廊の四隅にある、長い「柱」を見つけた。柱は途切れることなく、全ての階に続いて伸びている。

「あれだ……!」

 ウォールは柱に向かって駆け出した。


 二階。ニコラスとγは、五階の林の様子を見ていることしか出来ない。

 ニコラスが声を震わせる。

「やばい……! 定藤が上に向かってるが間に合わねぇぞ!」

 不意に、γがピィンと目を開けた。

「ニコラス様、下から何かが」

「なに!?」

 ニコラスがそう言った瞬間、彼の視界の隅を「何か」が高速で上昇していった。

 ニコラスが驚いてそっちに顔を向けた。

「は!? 今のって……!」


 三階。定藤達は階段を駆け上がっている途中だ。

「急げ! 急ぐんじゃ! くそっ! この国の具足には慣れん!」

 ガチャガチャと音を立てながら、定藤達十名は階段を全力で駆けあがる。

 その時、階段脇の柱の下から、「何か」が高速でくるのが見えた。

「!? なんじゃ!? 新手か!」

 定藤が腰の剣を握った瞬間、「何か」は視界を一瞬で通り過ぎていた。

 しかし定藤は、その「何か」の正体をはっきりと確認した。

「うぉ……ウォール殿!?」


 五階。グランキオの巨体は、ついに林の目前まで迫った。

「さあテ……とどめだナ!」

 グランキオの身体から、複数の石が浮上する。

 林は必死に考えを巡らせた。

 どうする! また炎で視界を封じるか!? それとも「作戦」を実行するか……!

 その時だった。

「なニッ!?」

 グランキオの背中に、何者かが全力で突進を喰らわせた。

 それでグランキオに傷は付かないが、相当の衝撃があったのかグランキオの身体は揺れ動き、宙を舞った石達も動きを止める。

 林が目を見開いて叫んだ。

「ウォールさん!?」

 ウォールはグランキオに組み付き、林に向かって叫ぶ。

「林! 私のことは構うなっ! !」

「っ! だけど……!」

「大丈夫だ! 私にも考えがある!」

 ウォールが声を張り上げる。

「早くしないと間に合わないぞ!!」

「っ! おおおおお!!」

 林は絶叫し、両手を床に付けた。

「マルスレッド! キャノン──!」

 林の両手から放たれた火炎は、一瞬の内に五階廊下の一辺を焼き払った。

 それだけではなく、その一辺の下に連なる四階、三階、二階の廊下にも火は到達し、これらの床もあっという間に炎に包まれた。

 そして、燃焼によって炭と化した床は、グランキオの体重を支えることが出来ずに、メキメキと音を立てて崩れた。

「ッ!? なんだト!?」

 グランキオは両腕を振ったが、どこにも手は届かずに、そのまま落下を始める。

 林は、動かせる左足で、咄嗟に廊下の崩落から逃れることができた。

 しかし──。

「ウォールさん!!」

 ウォールは、グランキオに組み付いたまま、炎の中を共に落下していった。

 四階に到達する頃には、それ以下の廊下はすっかり焼き尽くされていて、グランキオの身体は何の抵抗もなく、一階へと落下していく。

 そして、重々しい音と共に、グランキオの巨体は一階の床に叩きつけられた。

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