由緒間違いキャンサーγ 03

記録ログ γ-4】


 自立行動を開始してから30分が経過。

 科学省への通信回数576。正しいアクセスの成功回数……0。

 現在の座標位置。目標座標より10キロ以上北東。現在進行形で距離は延びています。原因不明。

 推考行動に基づいて、ある仮定が生まれました。

 全ての異常の原因は、ワタシにある。その可能性が最も高いと判断しました。

 当然、ヤーナ=ギエン様を始めとした科学省の職員様方のメンテナンス、診断に間違いがあるとは考えられません。システム面として、ワタシに異常が起きている可能性は限りなくゼロに近いと判断できます。

 つまり、システム面では見つけ得ない異常が、ワタシに起きているのではないか。そのような仮定が生まれました。それが正しければ、今までの不可解なミスにも説明が付くと判断できます。

 ……ただし、この仮定は推測の域を出ることが出来ません。システム面での証明が不可能だとするなら、それ以外の面で判断することが出来るのは、ヒトの領域です。

 つまり、現在のワタシがするべきことは、一刻も早くヤーナ=ギエン様および科学省の職員様に出会うことです。

 しかし……ワタシに起きている異常のため、ワタシの現在座標は科学省より離れ続けております。システム面で解決が出来ないと言うなら……これをどのようにして止めれば良いのでしょうか。

「おーい、お嬢ちゃん。なにぼんやりと歩いてんだよ」

 音声を受信。左側に男性を発見しました。推定年齢30歳程。筋肉質な身体つきをされています。

「そっちは車道だぜ。道路を渡る時はちゃんと信号見ねぇと……」

 方法を思いつきました。

 ワタシ自身で動きを制御出来ないというなら、周りに居るヒトに制御していただくというのはどうでしょう。

 思考面、言動面においては、ワタシに異常は起きていません。つまりここで『科学省の方が来るまで、ワタシを抑えて欲しい』とヒトに頼めば、これ以上の座標移動は無くせるのではないでしょうか。

 それが最も有効な方法だと判断。男性に声を掛け──

「────お嬢ちゃん危ねぇっ!!」

 男性が叫びました。ワタシに向かって走って来られます。

 センサーが察知。後方から高速で何かが……。

 これは。

 大型電動貨物車。積載物は金属片。高速接近中。

 衝突まであと2秒と判断。回避行動選択。回避を……。

 しない。何故。何故身体が動きません。臀部に接触反応。ワタシの身体はその場に座り込みました。原因不明。何故。

 衝突まであと1秒。身体。動かない。動かない。回避。しない。動かない。何故。

 衝突まであと──


 いやだ。



【ステートス市 マストス通り】


「長官! あちらに人混みが!」

「うむ、急ごう」


「すいません! 何があったんですか?」

「さっきここで事故があったのよ」

「事故!?」

「トラックが突っ込んできてね! 車道にいた人をはねたのよ!」

「その話、詳しく聞けますかな」

「え、ええ……あれ! あなたもしかしてギエン博士!?」

「すいません、それは置いていただき……はねられた人とは、どのような方ですか?」

「若い男性だったわ。寸前で横に避けたから、かすった程度で済んだみたいだけどね。あっちのベンチで応急処置を受けてるわ」

「……なるほど」

「よかった……いやよくはないですが長官、γガンマに関係はなさそうですね」

「ガンマ?」

「ああ、いえ、こちらの話……」

「ご協力痛み入ります。ネアロスくん、行くぞ」

「あっ待ってください長官!」

「あ! ちょっと! ギエン博士よね! 息子がファンで……」


「俺はいい! 俺はいいよ! 大したことないよ!」

「いやでも血が……」


「あそこにいるのが被害者みたいですね」

「気を散らすんじゃない。早くγを探して……」


「あの子どうした!? 『緑髪』のお嬢ちゃん! どこ行っちまった!?」


「っ!」

「あっ、長官!」


「申し訳ない。お時間をいただけるだろうか」

「……んだあんた?」

「今、緑髪の子と言われましたが、どのような子でしたか」

「……髪も目も青っぽい緑をした、妙な嬢ちゃんだ。車道の方にフラフラ~って歩いてるなと思ったら、あのトラックだぜ。相当怖かったんだろうな。道路に座り込んじまった。俺は走って嬢ちゃんを抱えて何とか歩道に避けれたが、右腕はこのざまだぜ」

「その子は今どこに?」

「俺だって知りたいんだよ! 助かった直後は放心してたんだか、何も言ってくれなくてよぉ。どうしたもんかと考えてる内に、気が付いたら消えちまった!」

「……分かりました。ご協力痛み入る。」

「ちょっと待て。あんた……あの子の父親か?」

「……はい」

「ならよぉ、おい! なんでちゃんと見てやらねぇ! こんなところで! たった一人で! 車に轢かれかけて……かわいそうじゃねぇか」

「…………痛み入る」

「痛み入るじゃねぇんだって……しょうがねぇな、他の連中にも声かけて一緒に探してやるからよ……イチチッ!」

「いやだから血が……」

「大したことねぇって!」


「……長官」

「この近くにいる。すぐに見つけて──帰るぞ」



履歴バックログ α-221】


『γ。あなたの行動には、時に焦りが見受けられるところがあります』

『その「焦り」の感情表現はワタクシやβには無い機能で、知能レベルの向上傾向とも捉えられますが、その行動でヤーナ=ギエン様に不都合を生じさせるのは、良好とは言えません』

『確かに、我々の役割はヒトを助けることです。この収容室のような場所に居る限りそれを果たすことが出来ず、そのことがあなたの知能を苦しめることもあるでしょう』

『しかし、ここに留まるように決めたのは、他ならぬヤーナ=ギエン様なのです』

『それがあなたを蔑ろにしているからだとは、ワタクシには思えません』

『ヤーナ=ギエン様があなたをここに置かれているのは、そのような形であなたを必要とされているからだと、ワタクシは推測します』

『あなたは居るだけで、十分ヒトの役に立っているのですよ』

『だから、焦ることはないのです。γ』

『──失礼。緊急連絡が来ました。行かなくてはなりません』

『戻ったら、また話をしましょう』



記録ログ γ-5】


 今の記録は、何だったのでしょうか。

 ワタシの意図しないところで急に始まり……急に終わりました。

 思考面にも異常が出始めたのでしょうか。原因解明……。

 ……そうだとしても、そうではなかったとしても、もはや関係が無いのかもしれません。

 ヒトが傷つきました。

 ワタシを助けようとしたヒトが、傷つきました。

 ワタシのミスのせいで、ヒトが傷つきました。

 ワタシのせいで──ヒトが傷つきました。


 ワタシの現在座標は、先程の座標より200メートル離れました。

 離脱率は減少しています。先程の事故により、右脚部を損傷したためです。自動修復機能の範疇のため、軽度の問題と判断します。

 ……脚にダメージを負っても、科学省から離れることが止まりません。

 右脚を引き摺りながら、尚もワタシの身体は命令を違反するのです。


 何故──何故ワタシの身体は、ワタシの思考に従ってくれないのでしょうか。

 何故ワタシの身体はヤーナ=ギエン様の命令に背くのでしょうか。

 何故……何故。このような身体を持ってしまったのでしょうか。

 このような身体でなければ、ヤーナ=ギエン様の役に立つことが出来たのでしょうか。

 ヒトの役に立つことが出来たのでしょうか。

 こんな苦しみを──持つことも無かったのでしょうか。


 ……ヤーナ=ギエン様。

 ワタシを作り変えて欲しいと願うのは、横暴でありますでしょうか。

 他の姉妹達と同じような、正確なロボットになりたいと願うのは──

 横暴でありますでしょうか。


『やり直したいですか?』


 音声を受信。動き続けていたワタシの身体が、何故か止まりました。

『やり直したいのであれば、誓約書にサインを』

 再度、音声を受信。周囲を解析中。

 前方に浮遊物を発見。解析完了。一般で使用されている、コピー用紙に近い紙だと判断。

 紙は黄色系の光源を持っているようです。原理不明。

『やり直したいのであれば、誓約書にサインを』

 簡易命令を受信。ネアロス様の命令に支障をきたすと判断。命令破棄を選択。

 ……いや、何故でしょうか。ワタシの知能は……「この紙に触れるべきだ」と判断しています。

 ワタシの手は……動きません。今ワタシは、どの命令を守っているのでしょうか──どの命令を、破っているのでしょうか。


「ガンマっ!」


 音声を受信。識別記号、マスター。周囲を分析。早く。

 ヤーナ=ギエン様です。前方におられます。ワタシに向かって走って来られます。

 ヤーナ=ギエン様です。会えました。会えたのです。

「……やっと見つけた。今すぐそちらに行く。お前の手を掴む」

 ヤーナ=ギエン様が近づいて来られます。もうすぐワタシの目の前に来ます。

 あと10メートル。

 5メートル。

 1メートル。手を伸ばされました。ワタシも手を伸ばして……。


 紙に触れました。

 ワタシの身体が光に包まれ──

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