5
杏菜の部屋に戻り、隣の女性から聞いた情報で検索すると、いくつかの記事が引っ掛かった。日付が古くほとんどのリンクが切れていたが、ひとつ、読めるものがあった。
「今舞港で車が転落、女性一人死亡 同乗女性助かる」
今から十年以上前のことだった。数行程度のそっけない記事で、最後の一行には「無理心中の可能性もあるとして調べを進めている」とある。
同じところを読んでいたのだろう。「あんなに仲良さそうだったのに……」と杏菜が呟いた。
でも、私は想像してしまった。心中を企んだ女性は、もう一人のことを、きっと好きだったのだろう。それは友情ではなかった。一緒に暮らして、触れ合って、その思いは抑えられなくなる。そのことを相手に告げたのか、告げなかったのかはわからない。とにかく、相手を永遠に自分だけのものにしたくて、睡眠薬で眠らせて、助手席に乗せて、海まで走って、そしてブレーキから足を外しアクセルを踏み込んで――。
「マリさん?」
妄想に囚われかけていた私を杏菜の声が現実に引き戻した。
「あ、ごめん、なに?」
「調べないんですか、助かった方の人のこと」
言われて、慌てて新しいタブを開き、名前を打ち込む。
記事から計算すると、まだ四十歳くらいのはずだ。SNSでもやっていてくれれば連絡が取れるのだが……。
珍しい名前だったからか、SNSは一件だけヒットした。その他の検索結果は、一致が苗字だけだったり名前だけだったりするので、おそらく関係ないだろう。
ページを開くと、優しそうな笑顔の女性と、三歳くらいの女の子が仲良く頬を寄せている写真。もちろん、顔は知らないから、これが彼女かどうかはわからない。でも、さっきの妄想がまだ後を引いていて、胸がチクリと痛む。
「基本データ」を開いて生年月日を確認する。年齢は一致した。さらに「住んだことがある場所」に私の部屋と同じ区の名前。ほぼ間違いないだろう。彼女だ。
早速連絡を取ろうとホーム画面に戻った時、ちらりと最新の投稿が目に入った。
スクロールすると、それは長文の投稿で、投稿しているのは彼女ではなく、彼女の夫だった。
去年の暮れに、彼女は亡くなっていた。あの部屋も心中現場も関係ない。交通事故だったそうだ。夫は周囲の人々への感謝を綴り、小学校に上がった娘と二人三脚で生きていく、と書いていた。
また、手がかりが途絶えてしまった。
PCを閉じると、杏菜が心配そうに覗き込んでくる。
捨てられた子猫みたいなその顔を見て、思わず頭を撫でた。ツルツルとコシのある髪の手触り。それも昔と変わっていない。
「明日、あの部屋を解約してくる」
そうだ。別に
せっかく杏菜と会えたのだ。妙なことには関わらず、この子ともう一度、最初からやり直そう。そう思ったら、この一ヶ月の不安と、二十五年間のもやが一気に吹き飛んだ気がした。
「住むところはどうするんですか?」
「なんとでもなるよ。とりあえずウィークリーマンション借りてもいいし」
「……決まるまで、うち泊まってもいいです」
そんなことを言われたら、たまらなくなってしまう。
「じゃあ、ひとまず今日は泊めてくれる?」
そう微笑みかけると、杏菜は目を細めた。
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