第002話 「勇者大いに混乱する」
「カ、カルカン……?」
勇者は混乱した。
――幻惑魔法の類だろうか?
そう思えてしまうほどにあまりにも唐突に、周囲の景色が一変したのだ。
「はい。甘くておいしいですよ」
――もしかしたら、毒かもしれない。
そんな疑念が脳裏をよぎったが勇者は大きくかぶりを振った。
目の前の、この清楚で純朴そうな少女がそんなことをするとはとても思えなかったのだ。
――どうにでもなれ!
元々は死を覚悟したのだ。それが今になったとてあまり変わらない。
それに――
かすかに鼻腔をくすぐるこの香りは何だ。甘い香りは決して強いわけではない。だが、静かな空間ではその香りは引き立ち神々しささえ感じさせるほどだ。
「よし、ではいただこう」
小さな皿にのせられた白い菓子を口にした勇者は目を見開いた。
――なんだこれは!
力が――回復していく。深手を負っていた傷も、枯渇しかけていた魔力も瞬時に回復していくではないか。
「これは……回復薬か!」
「ええい、かるかんといって鹿児島の伝統的なお菓子です。お土産に最高ですよ」
つまりは、王国に持ち帰り兵士たちに分け与えてもいいということだ。これほどに強力な回復薬を彼は見たことがなかった。
――これはまさか伝説の薬なのでは……
この回復薬にどれほどの価値があるだろうか。おそらく金貨一〇枚は下るまい。
「このような高価なものを……感謝する」
「そんな畏まらないで下さい」
少女は慌てたように勇者の肩に手を添える。
「すまない。そして大変厚かましいお願いではあるのだが……」
勇者はいまだ起き上がれない仲間たちを振り返った。
「あの者たちにもカルカンを分けていただけないだろうか。貴重な薬であることは重々承知している。この通りだ」
勇者は頭を下げた。
「いいですよ。いっぱいありますし」
そういってカウンターの奥からいそいそと紙の箱を持ってくる少女を見て勇者は目を丸くした。
「お客様用にいつも準備しているんです。おいしいから時々ですけど私もつまみ食いしちゃうんでだと!?すよね」
「なんと!?」
内緒ですよ。とウインク一つして少女は勇者の仲間たちにかるかんを手渡していく。
――これほどまでに貴重な回復薬をつまみ食いだとお!?
なんと罰当たりな!
――いや待て、彼女はもしかしたら高貴な生まれの者なのかもしれない。
見れば、館は大きく見たことのない装飾で飾られている。天井に吊るされたシャンデリアは魔法の明かりで煌々と輝いていた。
「皆さん、とてもおいしそうに食べてくださいました」
少女の声で勇者は我に返った。振り向けば回復した仲間たちが驚いた表情で自分の状況を把握しようと必死のようだった。
「勇者。これはいったい」
「女剣士。気が付いたか」
女剣士は自分の身体を検分しながら立ち上がる。
「あれほどの深手の傷が一瞬で癒えてしまった。それだけではない。体力も回復してしまっている」
「ああ、それについては本当に驚いた」
勇者は改めて少女に向き直った。
その場に膝をつき少女を見上げる。
「我々の命をお救い頂感謝いたします。見ればここは高貴な貴族のお屋敷……我々の滞在を許可して頂きたい」
「え? ええ、旅館ですので滞在はかまいませんけど……」
「リョカン?」
勇者は首をひねった。リョカンとはなんだ?
もしかしたら、この地域の独特の言い方なのかもしれない。
「滞在が可能であれば是非お願いしたい。もちろん対価はお支払する」
「分かりました」
少女は嬉しそうに勇者を立ち上がらせた。
「お客様、四名様です!」
カウンターに向かって声をかける。
それに合わせて着物をきた女性たちが現れた。
「お荷物をお持ち致します」
「受付をお済ませください。その後お部屋へとご案内いたします」
「あ、ああ……」
戸惑いながらも案内されていく勇者たち。
「おじゃったもんせ、かごんまへ!」
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