女剣士

猫屋敷 中吉

第1話


 燦々と照りつける太陽の下、一羽の山鳩が自然豊かな、青くて青い森を眼下に飛んでいた。

 自分の巣穴へと目指し飛んでいる山鳩は、お腹を空かした我が子の元へと急いでいる。


 樫の木の頂上付近に、そこの巣で待つ雛たちは、母鳥の帰宅に真っ赤な口内を曝け出す。

 ピーピー、ピーピー、せがむ雛たちにてんてこまいの母鳥は、子らの成長を待ち侘びる。


 地上でいななく馬の声に、驚く山鳩はサッと、空へと飛び立った。グルーッと見回す母鳥は、同族殺しの馬鹿共みつけ、鳴き声ひとつで威嚇する。

 羽ばたく羽に力を込めて、巣の周りを警戒してる。我が子のことを守る為、棲家の森を守る為。

 お祭り騒ぎの馬鹿共を見下ろして、鳴き声ひとつで威嚇する。




 ピュールーッ。頭上から鳥の声がする。見上げれば、木々の間に白黒パンダ柄の山鳩が見えた。

 


 視界に銀線!



 反射で上げた小盾バックラー。すぐさま槍の先端が小盾を掠める。

 槍の柄に小盾を滑らせ、皮鎧の男は素早く前へと飛び出した。

 懐に飛び込んだ革鎧の男は、槍の持ち主、全身鎧の敵に鎧の隙間、脇腹へと片手剣を突き刺す。

 スイカを突いたような感触に、更に奥へ奥へと突き刺していく。

 


 背後に殺気!



 刺した男のクグもる嗚咽、迫る殺気で瞬時に屈んだ革鎧の男。

 敵の脇腹に刺した片手剣をそのままに、腰の小刀を逆手に持つと、振り向き様に剣を突き立てた。


 後ろから、大ハンマーを振り上げていた全身鎧の男の腿には、革鎧の放った小刀が突き抜けていた。

 堪らず片膝と大ハンマーを取り落とす全身鎧。革鎧の男は目の前で大ハンマーを拾い上げると、そのまま頭上まで振り上げて、そして一気に兜ごと、力の限り叩き潰した。

 二人の全身鎧の男達を足元に革鎧の男は、大きく息をく。


 隊長から逸れた、戻らないと。革鎧の男は辺りを伺うも、依然周りでは、軽装鎧の兵士達と全身鎧の兵士達との剣戟が鳴り響いている。



「アラルー!アラルー!どこに居るー!」



 山と山に挟まれた森深いこの街道。怒号と馬の嘶きが木霊する両軍入り乱てのこの戦場に、高く透き通る声が聞き取れた。

 


「アラルー!アラルー!」


「隊長ー!いま行きまーす!」



 全身鎧のヒシャゲタ兜に大ハンマーを突き立てたままで、糸目キツネ顔を晒した革鎧の男『隊長補佐官アラル』は、声の主の元へと急ぎ走った。


 そして辿り着いた先でアラルが見たものそれは、木々の木漏れ日をスポットライトに、馬上にてきらめくロングの金髪をたなびかせて、襲いくる全身鎧と対峙している彼女の姿。

 全身鎧の振り下ろした大剣を細身のサーベルで受け流し、カウンターにて、相手の兜と鎧の隙間に突き刺す。

 その模範的な剣技と、馬上にも関わらず美しく流れるような細剣の妙技に、感嘆の声が漏れる。

 そして何より、威風堂々と構えるその姿がまるで、戦の女神様のイメージそのままでアラルは思わず見惚れてしまっていた。

 その女神様はアラルに気づくと、馬に倒れ込んだ全身鎧を蹴り付けながら声を掛けてきた。


「アラル。無事か!」


 ハッと、我に帰るアラル。反射的に目を逸らしてしまった。


「はっ、はい!……でも隊長。これはどうなってるんですかね?」


 隊長と呼ばれたこの人物『千人隊隊長、マリー』は馬上にて、シンプルな白銀のハーフ鎧に身を包み、サーベル片手に自身の細いアゴを摘み、戦況を見詰めていた。


 砦防衛の援軍として、山あいの街道を進むマリー隊は現在、敵の伏兵にて奇襲攻撃を受けている真っ最中だった。



「……ハメられたわね」


 見目麗しい顔から、その柳眉をひそめ、マリーはアラルに答えた。その間にも、マリーに襲いかかる敵共を一人一人確実に倒すアラル。

 マリーは幼馴染のアラルの剣の腕に、絶対的信頼を置いていた。故にアラル独りに自身の警護を預けているのも、納得が出来た。


「……だけど、黒幕はこれで分かったわ」


 マリーの導き出した答えを、アラルは知る由もない。困り顔のアラルにマリーは早口で指示を出す。


「お父様。イヤ、将軍に、敵の規模も判らない状態だから、しんがりは私が務めます、だから本隊を一旦引いて体制を立て直してと、そう伝えて!」


 アラルはひとつ頷くと、踵を返し走り出す。


「アラル!アナタはそのまま、将軍の補佐をお願い!」


 背中に受けたマリーの命令に、アラルは一旦、足を止めた。そして振り向くと、マリーの顔をジッと見据える。



 そして真顔で頷くと、アラルはまた走り出した。



「……アラル」呟くマリー。


 これで彼は大丈夫。その時の彼女はとても穏やかな顔をしていた。


「ダン副長!」


 一転、眉を吊り上げ副隊長を呼びつけるマリー。


「……ハッ!」


 混戦中にも関わらず、すぐさま駆けつけた副隊長にマリーは今後の方針を伝える。


「これから、私たちの隊はしんがりを務める。本隊を一旦退かせる為、ここで私たちだけで敵を食い止めます」



 マリー隊長のげきにダン副隊長も気合いを入れ直し、腹から声を出した。


「……ハッ!」


「私とギラン小隊長で一点突破を試みる。後ろに周り込むから、その間にアナタは体制を立て直して。……ここを死守するわよ」


 美しい顔を笑顔で彩るマリーに対し、ダン副隊長の表情は見る見る険しくなっていく。



「……マリー隊長、死ぬ気ですか?」


 ダン副隊長のその問いに、馬上にて気品溢れる雰囲気そのままに、マリーが答える。


「生きる為よ。……アナタと私で、敵を挟み撃ち。一番の手柄を立てましょう」


 誰もが見惚れるマリーの笑顔。元々、マリーが嘘が下手なことを知ってるダン副隊長は、苦笑する。



「隊長!左右からも敵です!」



 物見からの報告に、マリー隊長は即断する。


「ギラン小隊長!隊を率いて、ついて来て!」


 近くにいた古参のギラン小隊長は、馬の手綱を引いて自身の小隊に号令をかける。

 すぐさまマリー隊長が腕を振り上げ。


「突撃!」


 号令と共に、マリー隊長とギラン小隊長の騎馬隊二百騎が、正面の敵軍目掛けて突貫した。




 ピュールー。上空から一羽の山鳩が威嚇する。静かな森で騒がれて、我が子を守って威嚇する。同族殺しの馬鹿供を、見下ろしながら威嚇する。





 ー 七年戦争 ー


 ナガラダ国とヨメダ国の、七年も続くこの戦争に、両国民供に疲弊していた。


 戦争による田畑の荒廃と、それに伴う食糧難。国内不安による経済の低迷や、貧困層の拡大で疫病の蔓延と、両国民の生活も悲惨を極め、国王の愚策より国民達は神へと縋るようになって行った。

 その為、国王より教会の権力が増していき、この事が更なる混沌へと導く結果となっていた。


 ここに来て、ヨメダ国の喉元にあたる『イサッチ砦』にナガラダ国の軍勢が押し寄せているとの一報が入った。

 ヨメダ国王は、第一陣の援軍として国の英雄『ガルモ ビンテ将軍』率いる八千の軍勢を送り込む事を決めた。

 第一隊隊長『マリー ビンテ千人長』第二隊隊長『ダルモ ビンテ千人長』を伴ってのビンテ一族いちぞくの出陣となる。

 

 剣術、戦術、戦略に優れた一族で、ヨメダ国王の信頼も厚く、現に『ビンテ一族』は攻防戦では負け知らずの百戦錬磨の戦績を収めていた。


 国の命運はビンテ一族に託された。


 その遠征途中に、自国領土内でのまさかの伏兵による奇襲を受けたビンテ隊。

 先鋒のマリー千人長は、『イサッチ砦』の陥落を考慮し、一人しんがりを買って出たのだった。



♦︎♢♦︎♢♦︎



 敵部隊に突撃した、マリー千人長率いる二百騎の騎馬隊。倒せど倒せど、更に群がる敵兵に蜂矢型の隊列から、ただの長蛇の列へと変貌していく。


 やっとの思いで敵軍を抜けた頃には、馬の息も上がりマリー自身も疲れきっていた。

 一旦、体制を立て直そうと隊を引き連れ、目の前の森へと身を隠すマリー。


 点呼を取る程も無く、ほんの数十分の突撃で二百騎いた騎馬隊は、二十騎を数える程しか残っていない。

 しかも残ったといっても、そのほとんどが深傷ふかでを負い疲れ切り惨憺さんたんたるありさまだ。 


 それでもマリーは、深く息を吸い込み。


「……もう一度、突撃を敢行するが。……着いて来れるか?」


 一同を見廻し、マリーは静かな声音で聞いてみた。皆の目は死んでおらず、まだやれると確信しての質問だった。



「……マリー隊長」


 応えてくれたのは、ギラン小隊長だけだ。マリーは、ギラン小隊長に強く頷く。


 そう、マリーの中では既にここが死に場所だと、覚悟を決めていたから。



「……う、ううん!」


 ギラン小隊長の不明な合図と、他の生き残り十名との目配せに眉を顰めるマリーは、首を傾げる。




「……やれ」


 ギラン小隊長の一言で、彼と目配せしていた者達が、味方である筈の仲間を瞬時に切り伏せた。


 倒れていく仲間達に、何が起きたのか全く理解出来ずに、マリーは棒立ちのまま固まっている。



 ギラン小隊長とその者達は、見た事のある腕章を左腕に巻いていた。

 それを呆然と見詰めるマリーは、その腕章が敵国の国旗と理解すると、激しい怒りでワナワナ震え出した。


「あー、これですか?これは、ナガラダ国の腕章でして……。俺たちナガラダ兵って事になるですよ。……スンマセン、マリー隊長殿」


 突撃の際、ギランはこの腕章を身につけ、敵に守られながら味方を殺していた。

 カラクリに気付いたマリーに、歪んだ笑みを浮かべるギラン。マリーの目は赤く燃え、吊り上がり、今にも口から火を吐き出しそうだ。


「マリー隊長殿を生け捕りにするのが、我々の任務でして。……はい」


 そんなマリーを無視して宣うギラン。マリーはギランの言葉を待たず、自身の愛刀の柄を握り駆け出していた。


 キンッ!高い金属音が森に響く。渾身の一撃を受け止められ、マリーとギランは鍔迫り合い。



「お前……。何をしたのか分かっているのか?」


 射殺すような目つきのマリーは、殊更冷たい声でギランに問う。



「知ってますか?アンタの値段」


 ギリギリと音が聞こえそうな鍔迫り合い。質問に質問で返され、苛立つマリー。


「しらん!……ここで死ね!」


 吠えたマリーは、刀を弾き返し、そしてギランに強襲……。

 

 しかし攻撃が届く前に、後頭部を鈍器で殴られマリーはフラつく。

 マリーを押さえ込もうと、次々と襲いかかる裏切り者供に、多勢に無勢、なす術が無い。


 遂に、地面に大の字に押さえ込まれてしまう。歯噛みするマリーに、それを見下ろすギランの顔は、醜悪極まり無いものだった。



「ちなみに、アンタの値段は二百ゴールド、馬一頭分だとよ。ハハッ、安い女だねー。マリー隊長殿」



 楽しげに語るギランの目が好色に変わっていく。



「なぁ、お前等。そろそろお楽しみタイムにしようぜ!」


 ギランの掛け声に、周りの男共が色めき立つ。マリーもこうなることは覚悟していた。

 女の身で戦場に立つ意味をマリーも心得ているつもりだった。心得ているつもりだったが……。必死に抵抗するマリーに、ギランはさも楽しそうに。


 不敵な笑みを浮かべたままのギランに、ナイフで鎧を外されて行くマリー、歯の根がカチカチ鳴って止まらない。

 抜け出そうと力を込めるが、腕も足も大の男に抑えられビクともしない。


 とうとう下着まで剥ぎ取られたマリー、この耐えがたい屈辱に、いよいよ覚悟を決め、口を開け舌を出した。



「おい!勘弁しろよ。アンタを生け捕りにするのが、俺達の仕事っつっただろ!」


 アゴを掴み自殺を阻止したギランは、剥いだマリーの下着を口の中へと突っ込んできた。



 ハハッと醜悪な笑みでズボンを脱ぎ始めたギランに、負けじと睨み付けるも、その目の端からは涙が滲んでいる。



 ハッハァーと、生臭い息を吐きながらギランは、イキリ立つおすの部分をさらけ出し、マリーに迫る。



 肌も白く、理想的な女性の裸を晒したままに、溢れる憎悪を瞳に込めて、ギランを睨みつけるマリー。相手を憎む事で、気持ちが折れないよう必死に耐えていた。

 私は、お父様や兄様のように、国の為とか国民の為とか、そんな大層な理由で戦っている訳じゃない。

 私はただ、彼と幸せに生きていたい。それだけの理由で剣術も戦術も戦略も一生懸命頑張って来たんだ。彼の為に、戦場で死ぬのは構わない。


 だけど、こんなのはイヤ!こんな終わり方はイヤだ!!これぐらい、跳ね返せない私は、こんなにもひ弱な私は。……やっぱり、ただの女でしかないのか。

 



 マリーは戻る、鎧と一緒に軍人としての名声を外され、雅な服と一緒に貴族としての威厳を破かれ、下着と一緒に女としてのプライドを剥がされ、マリーは、か弱き一人の女性に戻る。マリーは、ただの十八才の乙女に戻る。

 


 そしてマリーは目を硬く閉じ、彼の事を思い出していた。



 助けて!助けて、アラル‼︎



 自身で、前線から遠ざけた彼の名前を叫ぶ。いる筈の無い、想い人の名を叫ぶ。



「マリー隊長殿は、どんなかなぁ〜」


 口をだらし無く開けて、舌を出し、ヨダレまで垂らして迫るギラン。


 トンッ。


 軽い音と共に、ギランの生臭い口から矢が生えていた。そしてギランはゆっくりと倒れ込む。

 次いで、右腕を押さえ込んでいた男も、頭に矢を受けて倒れた。


「なんだ!おまえー!」


 成り行きを傍観していた誰かが叫ぶ。しかし、コイツも首に矢を貰い、血反吐を吐いて倒れた。


 今度は、黒い何かが彼女の周りを駆け抜ける。旋風!? つむじ風!……すると、左手と両足が自由になった。

 


 だ、だれ?


 上半身を起こした直ぐ目の前に、黒づくめの男が彼女を背に、男達の前に立ち塞がっていた。


 全身血塗られた格好の男は、黒のインナーに左手には小盾バックラー、右手に片手剣を握り締め、腰周りに革鎧を残していた。



 彼が、アラルが、肩で息をしながら、背中から湯気を出しながら、彼女を守るように立ち塞がっていた。



「……あ、アラル!」


 マリーの呼びかけに振り向いた彼の顔は、吹き出る汗と頬の傷から流した血で、顔半分を赤く染めている。

 それでも彼はいつもみたいに、彼女に微笑みかけると。


「隊長、お待たせしました。遅くなっちゃいました。スイマセン」


 事も無げに言ってくるアラル。彼女は泣き出しそうな顔で叫んでいた。


「なんでアンタがここにいるのよ!」


 にじり寄る裏切り者等を牽制しながら、アラルは普段の調子で答える。


「アレッ、前に言いませんでしたっけ?僕は、アナタ専属の補佐官だって」


 視線で男達を捕らえながら、アラルは横顔でニカッと、白い歯を見せて笑った。



「……あっ」


 確かに言っていた。一緒に軍に入隊した時。マリーが記憶の回想しているその時、事態は動いた。

 残った裏切り者の四人が、一斉に襲いかかってきた。思わず小さく悲鳴をあげるマリー。


 その悲鳴を合図に、アラルは勢いよく駆け出した。小盾を前に低く、更に低い体制で駆け出す。


 アラルの動きは目を見張るものだった。中央の一人に小盾でタックルを決めると、横にいた奴の首に片手剣を突き立てる。

 そして、体を半回転させ小盾でタックルした男の後ろを取ると、背中から心臓をひと突き。

 後ろから剣を振り下ろす男に、後ろ回し蹴りで蹴り飛ばし。

 呆気あっけに取られてるもう一人に、首元目掛けて片手剣を投げ、見事にヒット。

 足先に落ちていた剣を拾いあげると、蹴り倒した男にダッシュで近付き、そのままの勢いで首に剣を突き刺した。



 あっという間の出来事に、目をパチクリさせているマリー。



「……隊長。怪我は無いですか?」


 未だ裸を晒したまま、座り込んでいるマリーに、目を背けながら近づいてくるアラル。フフッと彼女の顔に笑みが戻った。



 あなたこそ。


 私は、生まれたままの姿で彼に抱きついた。


 彼の胸に顔を埋めたら、血の匂いに混ざって彼の匂いがする。


 彼の匂い。とても落ち着く匂い。


 彼の温もりに、私、笑顔なのに、涙がホロホロ出てくる。


 私が泣いてると、必ず駆けつけてくれるあなた。


 優しく、宝物のように抱きしめてくれるあなた。


 私、あなた以外受け入れられない。


 私、あなた以外何もいらない。



 スンスン鼻を鳴らし、落ち着いて来た私に彼、申し訳なさそうにこう言ったわ。



「あの、隊長。……寒く無いですか?」


 って、私恥ずかしくなって……思いっきりビンタしちゃった。……彼、鼻血出ちゃったけど……ゴメンね。



 理不尽!って彼言ってたけど、だってねー。気持ちが高ぶってて、裸だったこと忘れちゃってたんだもの。仕方ないじゃない。


 私の服は破れて着れないからって、彼、奴等の服もって来てくれたけど。


 キッパリ言ってやったわ。


 い、や、だ、!ってね。


 そしたら彼は自分の服を脱ぎ出して、私に貸してくれたわ。そう言うことなのよ、私はアナタ以外は受け入れ無いんだから。例え服でも。

 ため息をついて、アラルは彼等の服に着替えていたけど、仕方ないじゃない、ねー。無理なものは、無理なんだから。



 着替えたのはいいけど、森の中に足音と人の声がする。多分、騒ぎに気づいて追ってが近づいてきてるのかも。


 アラルを見ると、アラルも聴き耳をたてて険しい顔をしている。そして直ぐに、私の手を引いて一緒に木の影へ隠れた。

 

 木の裏で身を潜める私達に、声と足音が近付いてくる。


 彼等の言葉が聞き取れる距離まで来た。



「おい!コイツ、ギランじゃねぇか?」


「……確かに」


「下手打ちやがって、クソが!」


「まだ、近くにいんだろ。クソ女隊長」


「かもな、取り敢えず探すゾ」


 

 追手だ!私を探してる。

 

 私達は顔を見合わせ頷くと、身を潜めながら森の奥へと入っていった。あっ!わたしの剣忘れた!




 一時間程、森の中を彷徨っていたら、熊が冬眠に使うような横穴を見つけた。私達は迷わずその横穴に身を隠す。

 もう、日は落ちかけている、一晩やり過ごせば何とかなると私達は踏んでいた。




 んー、なんだかおかしい。……私こんなに、か弱かった?



 それもその筈、私はずっとアラルの腕にしがみついている。普段の私って、どんなだっけ?それすら忘れている。


 こんな私、アラルに嫌われ無いだろうか?……アレッ、やっぱりおかしい。普段、こんなに弱気じゃ無いもん!



 横穴の暗がりに目が慣れてきた。アラルの顔が薄っすら見える。

 何か言いたそうな彼は、うんと、一人頷いて、モゴモゴ何やら言い出した。


「あの、隊長はここに居て下さい。僕は、色々とやっておきたい事があるので」


 尻窄みになる言葉と、私の腕からすり抜け独り外へと行こうとする彼。


「イヤッ!」


 駄々をこねる私は、また彼の腕にしがみつく。

やっぱり、おかしい。なんだこの甘えん坊な私。


「えーとー、ここまでの足跡とか消しておきたいし、あと仲間に知らせる目印とか」


 困った顔の彼に、私も折れない。そこで、伝家の宝刀を抜いてみた。


「一生に一度のお願い。……行かないで」



 伝家の宝刀、私の一生に一度のお願い攻撃に、彼は驚いた表情で目を丸くすると。また直ぐに、懐かしむよう目を細め。



「隊長。……もう、使用済みですよ。 ……一生に一度のお願い」


 クスッと、小さく笑いながらの彼の言葉に、幼き日の思い出が蘇る。


「……あっ」


 言葉に詰まって、泣きそうになる私に彼は優しく言葉を紡いだ。


「あの日言われた、隊長の一生に一度のお願い。……ずっと側にいてって。……僕は嬉しかったんですよ。だって、一番大切なあなたにお願いされたから……」


 歯に噛むように答える彼に、私はグッと涙を堪えた。そして、渋々、渋々私は頷いた。

 ずっと側に居てくれるって言ってくれたから。彼、私との約束を破ったことないんだから。



 「チョット、行ってきます」


 買い物に出かけるみたいな、軽い感じ出て行った彼。私は土臭い暗がりの中一人うずくまる。


 そして、幼き日の彼との記憶を思い出していた。

 あれは、私が八歳の誕生日の日。私のお世話係として、彼はお屋敷に来たんだ。孤児院育ちの彼はお屋敷が珍しいのか、目をキラキラさせてたのを覚えているわ。

 下男として奉公するはずの二歳年上の彼なんだけど、下男扱いなんてイヤじゃない!


 私は彼のこと、友達だと思っていたんだから。


 だから勉強に剣術の稽古にと、私と彼は一緒に成長したわ。まぁ、私の方が彼より上手だったんだけどね。でも、成長してわかったけど、彼、私に遠慮して一歩引いてたみたい。ね、彼、優しいでしょ。

 

 あれは、剣術の出稽古に出かけた時だった。とても寒かったのを覚えている。

 私は練習試合で、バッタバッタと相手を倒したの。同年代ぐらいの貴族の男の子達を、勿論、彼もだけど。

 私は凄く嬉しくて、彼も凄いって褒めてくれて。だけどいい気分でいた私は、そのあと最悪の気分に落とされた。

 練習試合が終わって帰る途中、コテンパンにやっつけた男の子達に囲まれた私と彼。

 男の子達は私を罵ってきたの。腹いせのつもりなのね、情け無い。

 バカだの、男女だの、卑怯な手を使っただの、その中の一言に私は酷く傷ついた、お前はお嫁さんになれないって。

 私は悔しくて、泣いちゃってた。だって私、お母さんが大好きだったから、お母さんみたいになりたいって思いっていたから。


 でもそのあとが面白くて、泣いてる私を見て彼、たった一人で男の子達をやっつけちゃったの。

 男の子達の顔ったら、ウフフッ、今思い出しても笑えてきちゃう。

 彼、本当はとっても強いのよ。だけど、貴族と使用人って身分の差が彼を押さえ付けてるのね、……そんなの気にしなくていいのに。


 この後の帰り道で、私は彼に一生に一度のお願いしていた。



 私のそばに、ずっといて。



 って、そしたら彼、さっきみたいに歯に噛んで。



 うん。



 って言ってくれた。私は練習試合に勝った時よりも、その一言が嬉しかったのを覚えてる。私はこの時から彼に、特別な感情を抱いていたんだ。


 

 暗い横穴でアラルとの思い出に浸る彼女は、いつしか眠り込んでいた。その彼女の寝顔はとても穏やかなものだった。


 横穴に入り込む朝日で、彼女は目を覚ました。自分にかけられたいた上着で、こんな状況なのに眠り込んでしまった自分に腹が立った。

 しかしそれも束の間、上着の持ち主をマリーは探した。

 

 いた!入り口で一晩中見張りをしてくれていた彼の背中。

 朝日に照らされた彼の姿が、神々しくて、とても力強い存在に見えて。

 思わず私は駆け寄って、彼の背中抱きついた。うわって、アラルは驚いてたけどそんなの関係ないわ。

 だって私はアナタを……。


 彼の温もりを堪能する、彼の匂いを堪能する、彼の優しさを堪能する。

 彼も、彼の首に回した私の腕を優しく抱きしめて、唐突に、突然に。


「僕は、初めてお屋敷で会った時から君に、見惚れていたんだ。 マリー、僕は君を愛している」


 歯に噛む笑顔で告白してくれた。


 キャーッ!嬉しい、嬉しすぎる!嬉しすぎて、どうにかなってしまう。昇天しそう……。ゴホッゴホッ!嬉しすぎて息するの忘れてたわ。本当に昇天しそうだった。


 返事、そう返事をしなきゃ!だけど恥ずかしい、恥ずかしいよう。だって私は口下手だから……。だから、そう、だから、私は……態度で示した。


 私は彼の顔を見つめて、頬を染めてる可愛いい顔を見つめて、そして彼にそっとキスをした。


 耳まで真っ赤にしてほうけている二人、すると外から声が聞こえてきた。

 瞬時に戦闘態勢に入るアラル、私達に緊張が走る。



「……いちょうー。……すかー」


 聞き覚えのある声!


「隊長ー。ご無事ですかー」



 ダン副隊長の声に私達は顔を見合わせて、一緒に安堵のため息を吐いていた。どちらともなく笑いが込み上げてきちゃって、二人でお腹抱えて笑っちゃった。


 それにつられてダン副隊長も横穴に顔を出したんだけど、そのトボケタ顔が面白くてまた笑っちゃった。



 私達は生き残ったんだ。





 これは、七年戦争の終わる切っ掛けとなった、戦いの一幕。

 後日談として、私達が敵を引き付けている間、既に陥落していた『イサッチ砦』を兄のダルモが、取り返してくれたみたい。

 手薄になっていて、簡単に落ちたって。お父さんは、直ぐに体制を立て直してダン副隊長と合流して戦ってくれてたって。

 ちなみに、黒幕は私の予想通りガバン枢機卿。彼は教会の権力が増した事で、国を乗っとろうとしたみたい。

 しかも、私との因縁もあって彼から数年前から求婚されてたんだけど、衆人観衆の目の前で、私にこっぴどく振られたのが、気に入らなかったようね。

 なんにせよ、全てを手に入れようとして、全てを取りこぼしたって訳で……救えない話だわ。

 もちろん、ガバン枢機卿は査問委員会のあと火炙りの刑。もうこの世にはいないわ。





「マリー。いい知らせを持ってきたー」


 緑の絨毯を敷き詰めたような草原。心地良い風が頬を撫でていく。

 柔らかい景色の中で、手を振り駆けてくるアラルの姿が見えた。私は家の玄関前にある、背もたれ付きのベンチに、静かに腰掛けた。



「はぁ、はぁ、はぁ、……戦争が、戦争が終わったんだ!僕たちの勝利で終わったんだ!君のお父様は凄い人だよ」

 

 顔を上気させて、興奮気味に話すアラル。


「君のお父様は、本当に凄い。国の英雄だよ!僕は、君のお父様を誇りに思うよ!」


 私はお腹を摩りながら、静かに聴いていた。私に宿ったもう一つの命。彼との間に授かった大切な命。自分よりも大切なこの子の命を感じながら。


 私は愛おしい彼にこう言った。




「私の英雄はあなたひとりよ」


 ってね。



 地位や名誉や名声より、母として生きる事を選んだそんな女性の物語。




終わり。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

女剣士 猫屋敷 中吉 @03281214

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ