5 たのしい食い倒れ(後)

 一行は来た道を戻り、毒杯にほど近い通りまでやってきた。ここに子隼いち押しの料理店があるらしい。


「2人は鳳華系の料理って食べたことある?」


 子隼の問いかけに、2人はそろって首を横に振る。東方にある鳳華大陸の多様な料理文化は有名だが、まだモニカとテオデリヒの住んでいた田舎町で食べられるものではない。噂では赤かったり辛かったりすると聞いている。それを伝えると子隼は笑って、赤くないのも辛くないのもいろいろあると答えた。


「ぶっちゃけて言うとおれの友達の店なんだけどさ。事実安くてうまいからおすすめさせてよ」


 少し歩くと「鳳華料理 渾沌軒」と達筆な字が書かれた看板が見えてきた。子隼が「やっほう」と間の抜けた声をかけて店内に入る。2人もそれに続いた。

 店内は決して広くないが、賑わっている。見たところ冒険者風の客が多く、酒もよく出ているようでげらげらと響く品のない笑い声も多い。給仕の青年が忙しく立ち回り客の注文をさばいている。子隼は知り合いも多いようで時折軽く挨拶をしながら店の奥へ進み、店主らしい小柄な中年男が調理をしている間近の席に座った。


「子隼くん、いらっしゃい」

「またきたよ大将! この子たちテオデリヒとモニカ。後輩!」

「初めて見る子たちだねえ」

「毒杯で拾ってきた! とりあえず炒飯、春巻3人前ずつ……うーん、あと適当においしいやつ!」

「うちは大体全部おいしいから困っちゃう」

「じゃあ、大将が今だ! って思ったやつがいい」

「子隼くんったらしょうがないなあ」


 苦笑して話に応じながらも手は休むことなく調理を続けている。あちこちに飛ぶ目線は客の把握か、それとも食材を見極めているのか。店主は柔和な外見にそぐわず、鷹の眼でもって戦況を見据えていることが見て取れる。

 サービスの冷水を飲んで待っていると、ほどなくして「炒飯」が届いた。きれいなドーム状に盛り付けられた米の中に、鮮やかな色合いの具材が見え隠れしている。


「エビはサービスね」


 店主が似合わないウインクを投げてよこす。それに応じて、こちらは堂に入ったそれを子隼も返した。


「大将、愛してる」

「女の子に言っておいで」

「んもう冷たいんだから……さ、こっちは冷たくならないうちに食べて食べて」


 そう言いながら、真っ先に炒飯の山にれんげを突き立てる子隼。口に入れてはふはふと湯気を逃がしながらほおばる。とどめの一言「旨い!」。それに触発されて、周囲の客からも「あのテーブルと同じのを」という声がちらほらと聞こえる。テオデリヒとモニカも見様見真似で炒飯を掬い取り、口に入れる。


「はふ」

「はっふほふふっふ」

「ふー、ほふっふ」


 熱い。

 だが、確かに旨い。

 油をまとった米1粒ごとに味がしっかりとつき、塩気とそれだけにとどまらない旨味が舌を喜ばせる。ネギ、細切れの肉、そしてぷりぷりのエビ。具ごとの異なる食感もよい。いつしか2人は炒飯を夢中になってかき込んでいた。


「はい春巻きお待たせ」

「おっ、きたきた」


 こんがりきつね色に揚がった筒状のものが1人頭、2本。ばりっと噛みつくととろみのある餡と一緒にこま切れ肉やきのこの濃厚な味わいと、しゃきしゃきした野菜の歯ごたえが実にいい。


「春巻きあると酒が欲しいなあ。大将、エールひとつ!」

「もうひとつ!」

「……なんか、癖のないお茶ください」


 酒が呑める者どもは完全に呑むモードに移行してしまったらしい。そういえばさっきも果物入りとはいえワインを吞んでいたっけとテオデリヒは思い出す。テオデリヒに提供されたのは濃褐色の冷茶で、注文通り癖がなくさわやかな飲み心地だ。料理ともけんかをしない。いいお茶だ。


「次辛いやつ出すけど、辛いの苦手な人いる?」


 対象の言葉に顔を見合わせる3人。テオデリヒはちょっと苦手で、子隼はまあまあ。モニカは少なくとも、テオデリヒが知る限りの辛い料理なら天井なしに行けるはず。


「じゃあちょっとだけ辛いのにしようねえ」


 出てきたのは、露骨に辛そうな真っ赤な料理である。思わず逃げ腰になるテオデリヒ、身構えるモニカ、さっき辛いのはまあまあといったくせに「おっ、これこれ」と嬉しそうな顔をする子隼。早速れんげですくって自分の皿に取り分けている。箸で赤いソースの中から何やら丸っこい塊を取り出し、口に入れて咀嚼すると「おあぁ」と間抜けな声を上げてすかさずエールを流し込む。実にうまそうだ。それを見て、まずモニカが挑戦してみることにした。箸は使えないので炒飯についていたれんげを流用し、まずはソースを舐めてみる。


「……どう?」

「ちょっとだけ辛い。おいしいよ」


 続いて例の塊にソースをたっぷり絡め、えいやと口に放り込む。衣のついたエビだ。ソースのよく絡んだ衣と小気味よい歯触りが実にいい。子隼にならって、モニカもぐいとエールを傾ける。


「テオデリヒ、これエビだ……おいしい……」

「さっきの炒飯に入ってた?」

「うん」


 2人とも内陸部の出身なのでえびになじみはない。が、最初のエビ炒飯ですっかり好きになっていた。テオデリヒも恐る恐る、衣付きのエビを口に運ぶ。すぐに先ほどのモニカ同様目を輝かせるテオデリヒ。ほとんど無意識に「おいしい」と口から出ていた。


「よーし、じゃんじゃん食え。ここはあんまりお財布が痛まないからな」


 自分も旺盛な食欲を見せる子隼は、自分の紹介した店を気に入られたからか上機嫌だ。

 次の皿が来て、夜は更けていく。

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