3 この街は人間が少ない
それから2日ほど経った頃。
テオデリヒとモニカは再び「毒杯」にいた。エーリオも一緒だ。パン屋で働いた給金の一部が「紹介料」ということでエーリオに吸われるのに納得いかなかったモニカが冷静にねちこく交渉したところ、「わかった、確かにおれから頼んだ」とエーリオが折れ、ヨハンからも受け取っていたらしい紹介料の一部でこうして飲み物をおごらせているというわけだ。テオデリヒは前回いたく気に入ったレモネード、モニカは何やら果物の浸漬酒を飲んでいる。勿論2人とも追加料金をエーリオに払わせて氷を入れてもらった。これは「祝日で忙しいのが分かっていたのにそれを言わなかった分」らしい。
「モニカちゃんおっかねえなあ。金の絡む頼み事は今後あんまりしないどこ」
「適正価格なら、歓迎です」
「やだよぉ。ピンハネするのがおれの仕事みたいなもんなのにばれたら怒るんだもん」
「……転職したら?」
「まじめに働きたくない」
などと盛り上がっているとカウンターから身を乗り出したサイモンが「おれだってエーリオがこの店に売ったんだよ」とろくでもないことを言い出した。エーリオは紹介料をもらって仕事を斡旋しただけだと主張するが、サイモン曰く「ど田舎から出てきた純朴なエルフを酒場で働かせるなんて極悪非道にもほどがある」らしい。そういいながらも酒を作ったり注いだりする彼は結構楽しそうだ。客商売だからそう見せているというより、そういう人(エルフだが)なんだなあという感じがする。
「サイモンさんエルフだったんですね」
「テオデリヒくん、この尖り耳が目に入らぬか。ここまで長い耳で白い肌なら大体エルフでしょ」
「僕も田舎から来たんで、都会には知らない種族もいるかと思って。髪も緑だし」
「都会に染まって髪も染めたの。いいでしょ、緑」
普通のエルフならば髪の毛は金髪か銀髪と相場が決まっている。
そしてそれを不気味なほど誇りに思っている。いや、爪の一片に至るまで自分のことを誇りに思わないエルフなどいようか。そのくらいプライドの高い種族であるエルフが、髪の色に手を入れるのも変だし、接客業についているのもおかしな話だ。ついでに髪型も変だ。シルエット自体は短髪なのだが前髪が長く分厚く、ちょうど目を覆い隠すようになっているのでこれもエルフの自慢である宝石のような瞳が外からは見えない。
「……ほんとにエルフなんですか?」
「エルフエルフ。それも限界集落出身のエルフだからね、崖を駆け下りながら矢を射かけたりできるよ」
「エルフ……?」
「山エルフはするの。罠で鹿を獲ったり」
「エルフって菜食じゃ」
「山エルフはするの」
そのやり取りを見ていたエーリオが面白そうに言った。
「ここはわけありのやつとわけわかんないやつばっかりだからなぁ。サイモンみたいに元の種族らしくない奴なんて序の口だぞ」
「エーリオはちゃんと悪魔っぽいよね」
「悪魔っぽい」
「うーん、天使のようではない自覚はある」
急に矛先を向けられて、エーリオは困ったように尻尾を揺らした。翼は背中にしまっているのではなくもともとないらしい。そういう悪魔もいるんだよとのことだ。あるいはエーリオも混血なのかもしれないとテオデリヒは見ている。まだわずかな滞在だけれど、すでにテオデリヒは感じていた。この町の種族の雑多さを。純粋な人間に見えても、そうでないものも多そうだ。事実パン屋のヨハンは人間でない要素がテオデリヒからは見当たらなかったが、2人きりの時にモニカが「狼……」とつぶやいていたので、狼なのかもしれない。狼に例えられるほかの何かなのかもしれない。
ぐるぐる考えていたら、エーリオが水を向けてきた。
「モニカちゃんは親父さんドワーフだって聞いたけどさあ、テオデリヒは純人?」
「あー……たぶん。ちゃんとした家系図はないと思うんだけど」
少なくとも家族や親戚に人間以外の片鱗がある者はいなかった。そういう場合は純粋な人間、すなわち純人とみなされるが、だいたい家系図に書かれていないどこかしらに何か混ざっているのが普通である。北方にはいまだに純人主義が深く根付いた地域が多いらしい。
「普通の地域だと純人のが多数派だけどさ。この街は何でもありだからかえって純人だと目立つかもな」
「そんなに?」
「事実今この店、純人はテオデリヒだけじゃん」
エルフ、悪魔、ドワーフの子にしてヒュドラの曾孫。ほかのお客は、まだ今日はいない。にしてもなかなかの顔ぶれだ。
「僕のほうが普通じゃないってことか……」
「んー。普通とか普通じゃないとか、考えるだけ無駄だと思うぞ。そういう街だから」
「そんなもんかな」
「そんなもんだよ」
まだもやもやの晴れないテオデリヒは、レモネードをもう1杯頼んだ。
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