第83話 やり直し

 あれから数日が経った。王宮は騎士団と筆頭魔導師が失踪し、慌ただしくなっていた。


「まだ、見つからぬのか?!

 どいつもこいつも、役立たずばかりじゃ!」


 昨日まで半分死んだような顔をしていた王は、久々に姿を表したかと思うと、マリウスが居ないことを知ると怒鳴り散らし、臣下を困らせていた。


 ここ数年はマリウスの話しか聞かず、困り果てていたが、これはこれで困ったものだと頭を痛める。


「王に進言致します」


「なんだ、大臣か?

 よい、許す」


「はっ。マリウス筆頭魔導師殿は勝手に王の私兵である騎士団を使い、どこかへ進軍した挙句に失踪したとのこと。

 恐らくは、どこかの国へ亡命したかと思われます」


「なんだとっ?! もうすぐ、北の魔女を滅ぼせる準備が整うのに逃げただとっ?!

 何のために、彼奴に任せていたと思っているんだ!!」


 更に怒り狂う王。だが次の瞬間恐るべきことを思いつく。


「まさか、彼奴は裏切って北の魔女の所へ?」


「ま、まさかそんな……。もしそうだとしたら、この国は滅ぼされてしまいます」


 圧倒的な力を持つ魔王。そのうちの一人が北の国を支配する魔女グリナード。あらゆる物質を飲み込み、魔力に換える力を持つと言われた魔王の一人だ。

 数百年前、この国に呼び出された勇者が数年の及ぶ戦いでこの地を平定の後、なんとか魔王との停戦に持ち込んだのだ。

 それがこの国の起こりで、その時の勇者がこの国の初代王となった。


 停戦の内容は、毎月国民の中から数名生贄として魔王に捧げる代わりにお互いの国を不可侵とするものだった。

 それ以来、この国は巫女として選ばれた女性を魔王に差し出してきた。

 この事実は王家とその重臣しか知らない事実で、国民には神に一生祈りを捧げる名誉な職として説明している。


 この国は大陸を上下に分ける険しい岩山の間にある魔王からの侵攻を防ぐ要塞の役割もあるため、人類としては最後の砦とも言われている。

 この国が落ちれば、他国への侵攻が容易になる為、多額の支援が寄せられていた。


 しかし、近年はその支援も減りつつあり、かつ魔王である魔女グリナードからの要求も多くなりつつあった。そのため、かなり苦しい状況だ。


 打開するために、魔王に対抗すべく勇者の召喚を行ってきたのだが、ここにきて『厄災の魔王』が復活するとの予言がなされた。

 それにより、王家は絶望の窮地に立たされる。

 はるか昔より、『厄災の魔王が現れし時、他の魔王は忠誠を示すため、人の地は血に染るだろう 』と言い伝えられている。


 それはまだこの地に勇者がいなかった時からの言い伝えで、千年前に現れた時には人間の国は半分までに減ったのだとか。

 千年前に厄災の魔王をどうやって封印したのか不明だが、問題はそこでは無い。

 このタイミングで復活すれば、北の魔王が牙を剥いてくるのは間違いない。


 慌てて、戦争の準備に取り掛かったのはいうまでもない。

 そこに、あの預言者が再び現れたのだ。


『近い時、世界を厄災から救う勇者が現れる。世界を救うため、召喚の儀を行うのだ』

 と言ってきた。

 最初は失敗の連続であったが、マリウスが初代の血を濃く受継ぐ王族の魔力が必要だという助言を信じ、息子や娘達、そして公爵家の娘であった愛する王妃の犠牲を出してやっと召喚に成功したのだ。

 

 もはや、王族は儂と末娘の王女しか残っていない。失意の中、それでも勇者たちを育てさせなんとか侵攻の目処が立ったその矢先にこれだ。


 従属の呪いを掛けてあるマリウスが裏切るとは思えないが、相手があの魔女グリナードであるなら、解呪を餌に裏切らせた可能性も否定できない。


「ここまで優遇してやったというのに、恩知らずめが!!」


 やり場のない怒りを、ただの想像でマリウスにぶつけるワルダーユ四世。

 王妃が死んでからというもの、彼は誰も信じなくなっていた。


「何故じゃ、儂は止めたのに何故お前の命を使ったのだ……」


 王妃は、王族には珍しく心清らかな人物であった。その見た目だけではない王妃を、唯一愛していた。

 その心の拠り所とも言える王妃を奪ったのは、マリウスだと思うようになっていた。


「彼奴め! 魔女グリナード共々、この手で息の根を止めてやるわ!

 大臣、出兵の準備をしろ!儂も出る!!」


「王よ!! おやめ下さい!

 いくら初代の力を受継ぐ貴方様でも、その御歳では……!」


 しかし、大臣の言葉はもう彼には届かない。そして、命に背けば待つまでいるのは自身の死だと理解していた。


「くっ……、仰せのままに」


 こうして、王命により北の魔王国への出兵が決まるのであった。


 ──


「聞いて、マリウス。

 あの愚王は、自ら死地へ向かうみたいよ?」


『そうか。やはり、あいつはどこまで愚かな王様なんだな』


 ヴァネッサは、大きくなった自身のお腹に向かって話しかける。その姿は、まるで妊婦のようだ。

 そして、そのお腹の中から聞こえたのはマリウスの声であった。


『あーあ。僕が、この世にもう一度生まれる時にはもうこの国は無いかもね。この目であいつが死ぬのが見れないのは残念だよ』


「そうね。でも、私があなたに見せてあげるわ。

 だから、今は私の中で眠っていて」


『ああ、そうするよ。

 おやすみ、ヴァネッサ』


「おやすみ、わたしのマリウス……」


 ダンジョンの奥深く、漆黒の魔物の中でマリウスは再び深い眠りにつくのであった。


 ──


「マスター、キョーコから連絡が入りました」


「ん、どうしたんだろう?

 お店の事かな? 繋いでくれ」


 ダンジョンの中で、ハーフリングの村を復興すべく慌ただしく働いていたリューマはタニアに呼び出された。何やらキョーコから急ぎの話があるのだとか。

 そのまま、分身のスキルを活用してテレビ電話のように映像越しに話をする。


「あ、リューマさん!

 大変なんです!!」


「どうしたんだ、そんなに慌てて」


 お兄ちゃんと呼ばないところを見ると、周りに誰かがいるのだろうと、どうでもいいことを考えながら話を聞く。


「それが、この国が戦争を始めるんです!」


「はぁっ?! なんだって?

 まさか、マリウスがそっちに戻ってきたのか?」


 まさか、あれで生きていたとか信じられないと思っていたら、そうでは無かった。


「いえ、マリウスさんは帰ってきていません。未だに消息不明らしいです」


「じゃあ、誰が戦争なんかするって決めたんだ?」


「それが、この国の王様が北へ攻め込むと決めてしまい、今から全員招集されるんですよ」


 マリウスがいなくなれば、しばらくは安心だと思っていたのに、今度は王様が戦争おっぱじめるだと?

 本当に勘弁して欲しいんだけど……。


「あれ、でもマリウスがいないなら命令出来る人いないんじゃないか?」


「そう思っていたのですけど、どうやら他にも私たちに命令出来る人がいるみたいなんです」


 うわー、最悪だな。

 マリウス以外が命令したとなると、これからは戦いしか強制されないだろう。

 何故なら、そもそも戦わせるために召喚されたのだから。


 そして戦争となれば、最前線に送り込まれるのは間違いなく勇者たちであるキョーコと生徒たちだ。


「私たち、これからどうなるんでしょうか……」


「状況は分かった。それで出兵はいつの予定なんだ?」


「これから、王軍との合同訓練が始まります。そこで兵の編成をしてから出発らしいので、およそ一ヶ月後になるらしいです」


「腕輪の呪縛があるから逃げれないし、それは困ったな……」


 取り敢えず、騎士達は王家に捨ててこよう。あれでも弾除けくらいにはなるはず。今は戦力は一人でも多い方がいいだろう。


「オッチャーン! なんとかしてよ!」


「おう、鈴香か。元気そうだな。

 うんオッチャンもな、出来ることと出来ないことがあるんだよ。どっちかというと出来ないことの方が多いんだけどな!

 まあ、その件は俺がどうにか出来る問題じゃないから……ごめんな!」


「えええっ?! オッチャンー助けてよー」


 そうは言われても、流石に戦争を止めることは無理だろ。力技で止めることも可能だが、根本的な解決にはならないだろうし。


 そうなると、やっぱりあれしかないか。


「まずは、その腕輪をどうにかしないと駄目だな。

 でも一ヶ月かぁ。それだけあれば、……なんとかなるか?」


「マスターなら、可能かもしれませんね。

 ただ、試練のダンジョンはお勧めしません。あそこは最難関だけあり、攻略に時間がかかります」


「お勧めはあるか?」


「はい、マスター。お勧めは、ここより更に西に100キロ先にあるダンジョンが良いかと」


「よし、じゃあ明日出発しようか」


「分かった、リューマ。準備しておく」


 俺の奥さんは理解が早くて助かる。いつでも一緒について来てくれるのが嬉しい。


「よし、次はダンジョン攻略だ!」


 

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