第75話 マリウスの正体

「先に聞いていいか?」


「なんだい?」


 ケーキにフォークを、刺そうとして手を止めるマリウス。少し恨めしそうにこちらを見ているのは気のせいじゃないな。

 いや、女子かっ!


「なんで、ショートケーキという言葉を知っているんだ。この世界にもあるのか?

 それに、ジャパニーズって、言葉はこっちには無い概念の言葉じゃないか?」


「あー、そうだったね。はは、随分と口を滑らせてしまったなぁ。

 まさか、このケーキがこっちの世界で食べられるだなんて、思いもしなかったからなぁ」


「こっちの世界?

 じゃあ、マリウスもこの世界の人間ではないということか?」


 ついに我慢が出来なくなったのか、フォークを一刺し。そのままケーキをぱくりと食べてから、ニンマリと笑うマリウス。

 うーん、イケメンとはいえ、男のこの顔はそそらないなぁ。


「うんうん、この味だよな。美味いね、このケーキ!

 俺の国には無かったから、初めて食べた時は本当に感動したんだよなぁ。

 ん? ああ、そうだよ。俺もこの世界に呼ばれたんだ。いわば君たちの先輩さ」


「そうだったのか。なるほど、それで納得したよ。

 そういや、なんでジャパニーズショートケーキって回りくどい言い方するんだ?」


「そうか、君は日本人かい?

 このスポンジにクリーム載せるタイプは、日本独特のものなんだよ。俺の父親も町に出来たお洒落なケーキ屋で初めてみたらしいけど、こっちではショートケーキって、ムースとかパウンドケーキにクリーム乗せるのが一般的なんだ。

 スポンジケーキに載せるのは、あまり見かけないんだよ」


 そうだったのか。ケーキ屋にいたのに知らなかったな。これが当たり前だと勘違いしていたよ。うーん、流石は食の国日本だな。


「うちは貧乏だったから、中々買ってもらえなくてね。

 今でも誕生日に食べたあのケーキの味は忘れられないよ。

 ……そんなことよりもだ、君はなんでまだ生きているんだ?」


「え?」


「追放したあの日、君のステータスでは生き残れない場所で解放したはずなんだけど。どうやって生き残ったのか教えて欲しいのだけど」


 おいおい、堂々と本人の前で白状するのかよ。

 そう言ったマリウスの目がキラリと光った気がした。しかし、次の瞬間にマリウスは目をしかめる。


「つーっ。え、『鑑定』がガードされた?」


(マスター、相手が『鑑定』スキルを使用してきたので妨害しました)

(おー。流石はタニア。ありがとう、助かるよ)


「君はいつの間に精霊使いになったんだい?

 まさか、こんな短期間でそこまで成長するなんてさ」


「良く分かったな。実は、ある場所で精霊と契約したんだ」


「なるほど。やはりドワンゴでダンジョンを攻略したのは、君たちだったのか」


「!? なんでそれを......」


 まさか、もうドワンゴでの話を知っているのか。まさか、坂本たちが話をしたのだろうか?

 いや、流石にあれだけ口止めしたんだ、簡単に話すわけがない。

 そういえば、あのザカールとかいう忍者が色々と調べていたとか言ってたな。その情報を持っているのか。

 さて、どこまで知っているのか。


「調べたんだよ。ドワンゴに行ってね。

 一昨日まではあそこにいたんだろ?

 村の人から聞いたよ」


「まさか、王宮魔導師様が直々にお調べになったんですか?案外、暇なんですね」


「そう皮肉るなよ。お前のせいで、こちとら色々とやらなくていいことをやらされているんだよ......!」


 やばい、余計な火を付けてしまったようだ。明らかに不機嫌になっている。

 それにしても、自ら調べに行くとは思いもしなかった。

 俺があの忍者たちを倒したせいで、手足となる人材が不足しているのか?


「それで......。俺を探していたようだけど、何か用があるのか?」


 最初に口走っていたからな。間違いなく俺を探していた口ぶりだった。

 思い当たるのは、ミィヤの村に関することだ。もしそうなら、やはり黒幕はこのマリウスということだ。


「お前は、西の森にある村に辿り着いたか?

 例えば、あそこにいるハーフリングの女が住んでいる村だ」


 マリウスはミィヤの方を見てそう言った。まずいな、ミィヤがハーフリングだとバレているか。


「......だとしたら?」


「これ以上、俺の邪魔をするなら今度は俺が直々にお前を消す。これは脅しじゃないぞ?」


「わざわざ邪魔をするほど暇じゃないさ。誰かさんがくれたお金が奪われてしまって、沢山働かないと生きていけなくなってね。この店を繁盛させるのに忙しいんだ」


「……そういうことにしておこうか。

 俺としても、この店は潰したくないからな。きっちり繁盛させてくれ」


「資金を投資してくれてもいいんだぞ?」


「はっはっは!それもいいかもな。

 でも、それは俺の目的が終わったらだな。

 願わくば、これから向かう先でお前に会わないことを祈っているよ。

 ケーキ美味しかったよ。じゃあ、


「ああ、またな」


 マリウスが次に向かうのは、間違いなくミィヤの村だ。そして、そこに俺が行くのも分かっているのだろう。


 次に会う時は、命を掛けて戦うことになりそうだ。出来れば、勘弁して欲しいのだが。


 踵を返し、そっと金貨を一枚置いてマリウスは去っていった。

 マリウスはマリウスで、色々な事情があるかもしれない。しかし、俺とミィヤにとって大切な村の人々の平和を脅かすなら、全力をもって相手にしないといけないだろう。


「リューマ、震えている」


「はは、俺は情けないな」


 いつの間にか、俺の手は震えていた。これは武者震いなんかじゃない。こっちに来て初めて感じた本当の恐怖だ。

 あのマリウスという男を本能的に脅威と感じていたみたいだな。


 くっそ、情けないな。好きな女性の前でこんな姿を見せるだなんて。

 でも、一か月前まで平和で何も変化のない日常を過ごしてきた俺らにとってここは過酷な世界だ。

 生命が安すぎる世界で、命を奪いにくる相手を目の前にして恐怖するなという方が無理なのだ。


「リューマさん。もし、私に出来ることがあるなら言ってくださいね?」


「響子ちゃん、大丈夫だよ。これでも、君よりも年上の兄さんだからな。

 それにさ、ただでさえ生徒たちの面倒をみて大変なのに、これ以上負担かけれないさ」


「そんなこと。それに私だって!」


「響子先生......」


 悲壮な顔をして訴える響子を気遣ってか、星香たちが心配そうに見ていた。

 それに気がつき、ハッとした顔になる響子。


「俺よりも、この子達を頼むよ。

 この子達は良い奴だ。俺がなんとか君たちを解放してみせるから、それまで待っていてくれないか?」


「リューマ、ミィヤ以外を口説くのは感心しない」


「いや、そういう意味で言ったわけじゃないぞ?!」


「ふふっ、分かりました。お二人が戻られるまではお店の手伝いをして待っていますね。

 だから、必ず帰ってきてください」


「ああ、分かった。約束するよ」


「リューマのことはミィヤに任せて。次会うときは、ゆっくりお茶しよう、キョーコ」


「ええ、必ずよ?待っているわ、ミィヤ」


 みんなに見送られて、馬車に乗り込む俺とミィヤ。そして、二人で村へと出発するのであった。



 ──

「あいつらは、必ず村へ向かうだろう。

 だから、も準備して向かうぞ」


 マリウスもまた、誰かにそう言って『精霊の棲む村』へ出発するのであった。

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