システムが決めた不当な人間評価

ちびまるフォイ

システム的な人間による評価

「山田くん、いやぁ君は本当に優秀だね。うちの課のエースだよ」


「いえいえ、僕なんてまだまだです」


「謙虚になる必要なんてないよ。ご覧よ、君の頭の上を。

 ★5じゃないか。人間評価がそれだけ高いってことだ」


「光栄です」


人間の評価が可視化されてから、自分に対する不当な扱いは減った。


個人の好き嫌いで判断される面接も根絶され、

すべて人間の評価は★の5段階評価で見られるようになった。


いつの間にかコンビニで会計するのも店員さんが★1の人間であれば避けるようになった。


なにもないだろうが、やっぱり何かトラブルに巻き込まれる気がするから。


「や、山田リーダー……!」


「君は……新入社員の子じゃないか。なにかわからないことでも」


「いっ、いえっ……山田リーダーにこれを渡したくて……///」


「クッキーか。ありがとう、うれしいよ」


「あのっ、お、応援してますっ……!」


コツコツ積み重ねた人間の徳が評価された結果の★5の恩恵からか、

女性社員は自分に告白するのが一つの通過儀礼になっていた。


「山田、モテモテじゃん。うらやましいなぁ」


「そう思うんだったら自分の人間評価をあげるこった」


「そうそう簡単には上げられないんだよ」


「酒もタバコもパチンコもやめて、ボランティアを始めるだけでもだいぶ変わるぞ」


「それが無理なんだって」


努力をしない人間は★3評価にとどまる。

★5である人間になるためにはそれなりの覚悟が必要なのだ。


それから数日後のこと。


朝起きて洗面台の鏡を覗いたときだった。


「なっ……ほ、星が減ってる!!」


頭の上に表示される★は1つになっていた。

昨日まではたしかに★5だったのに。


「……何かの間違いだよな」


幸い警察からの通達はないし人間評価システムのバグだと考えることにした。

明日になればなにごともなく★5に戻るだろう。


通勤電車に乗ると、明らかに自分の周りから人が離れた。


(あの人★1よ……何してくるかわからないわ)

(怖い……別の車両移ってくれないかしら)

(★1のくせに電車使うんじゃねぇよ……)


周りの冷たい視線が痛い。

★5のときはこんなことなかったのに。


会社についても冷たい扱いは変わらなかった。

★1バグの事情を話そうと声をかけても関わってくれない。


「お、おはよう」


「……」


どんな言葉も無視されてしまう。


「山田くぅん」


そんな中、部長だけは声をかけてきた。


「山田くんさ、ここ、この書類どうなってるの?」


「え? ちゃんと指示にしたがって記載しましたよ」


「そうじゃなくて、ここだよ、ここ。ハンコ見てみなよ。

 君だけハンコが斜めになっていない。

 普通、上司のハンコに向けて斜めに押すものだよ。知らないの?」


「す、すみません……」


「★1だとこんな社会常識も知らないのか。これだから★1の人間は……」


その後も髪がながいとか靴下の色がよくないだとか。

何時間も続いた説教のせいで、仕事が終わるのも遅くなった。


「★1になっただけで、僕じたいは何も変わってないのに……」


誰もいなくなった暗いオフィスで気持ちが沈んだ。


見た目には★1かもしれないが、ついこないだまで★5だった。

人間がそうそう数日で急激に変わることなんてないのに。


「明日になればきっと戻っているさ……」


その日の夜は寄り道をして帰った。

お土産を冷蔵庫に入れてから眠りについた。


翌朝、目が覚めるなり鏡を覗き込んだ。


「くそっ……まだ★1のままだ……」


人間評価は戻っていなかった。

いつものように冷遇されながら会社になんとか辿り着く。


自分が来るまでオフィスはなにやら騒がしかったが、

★1の自分が来ると水を打ったように静まった。


部長がいないので朝のお説教が回避できたのはよかった。


「……早く元通りにしなくちゃ」


休み時間にいくら人間評価バグについて調べてみた。

自分の人間評価の低さをバグだとひがむ人間はいるものの解決策は見えない。


こうなったら自分でまたイチから積み上げていくしかないと思った。


「一度は★5になれたんだ。人間評価を上げる方法は誰よりもわかってる!」


決心を固め人間評価を回復させるために動き出した。


★1というだけで与えられる不当な扱いや差別にも笑顔で接する。

ボランティアや人道支援に時間とお金をかける。

仕事やプライベートも妥協せずにひたすら勉強を続けた。


もちろんすぐに人間評価が変わるわけではなかった。

それでもじわじわと★1は★2へ、★2は★3へと増えていった。


そしてついに★5を取り戻した。


「長かった……。これで元通りだ!」


人間評価の回復のために休んでいた会社へと復帰した。

★5に戻るや、以前のような冷たい扱いはなくなっていた。


「山田リーダーおかえりなさい!」

「山田戻ったのか。長い休暇だったな」

「お前がいないとやっぱりダメだよ」


★5の人間にすりよってあわよくば自分の人間評価を高めようと思っているのだろうが、そんなことでは人間評価は上がらないことを教えてあげようかと思ったが。

そんないじわるなこと、人間評価★5がすべきではない。

次の相手を探すにとどまった。


「山田くん、ちょっと」


部長の席に呼び出された。


「君とははじめましてだね。前任の部長に変わって新しく部長になったものだ」


「こちらこそ、よろしくおねがいします」


「前の部長も急にいなくなるから困ったものだよ。

 ★2の人間はやはり管理ポストにつかせるべきでないと思い知った」


「前の部長の行方って、もうご存知なんですか?」


「いいや、連絡がつかないんだ。まったく迷惑な話だ」


「心配ですね……」


「とにかく、人間評価★5の君には期待しているよ。頑張ってくれ」


「はい!」


人間評価も元通りになって、周囲からの扱いも優しくなった。


★1になったときはどうしようかと思ったが、

ちゃんと人間として評価されることをすればもとに戻れる。

誰でもやり直せるチャンスはあるんだ。


その日は仕事を早々に終わらせた。


「あれ? 山田、今日はずいぶん早いんだな」


「ええ、家でやることがあるんで」


「仕事をきっちり終わらせて、誰よりも早く帰れる山田さん素敵……! さすが★5!」


「ははは。★5の人間評価なんて表面だけですよ。本性はもっとぐーたらですから」


「謙虚なところも素敵!!」


会話を切り上げて家に帰ると、日課になっている近所のニュースをチェックした。

とくにそれらしい情報があがっていないことを確認する。


「ただいま。今日は防腐処理の日だったね」


冷蔵庫を開ける。


中には眠るように目をつむった生首が3個並んでいた。

夏場は特に痛みやすいので手入れは欠かせない。


「★1になったときはバレたかと本当に焦ったけど、こうして元通りになって本当によかった……」


生首の手入れを終えると、一番骨が折れる体の廃棄処理へとうつった。

前の部長の体はでかいので全部片付くのはまだ時間がかかりそうだ。

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