第13話
散々楽しんでいたら日が暮れてしまった。名残惜しいけど、帰宅の途についた。当初予定していたことは全部こなせた。想定外のことだらけだったけど、正直な感想は、楽しかった。ルウと一緒に帝都を巡れたから。好きな子と一緒にすごせた。それだけで大満足だ。とてつもなく幸せで正直まだ帰りたくない。帰ってしまったら、この特別な時間が永遠に終わってしまう錯覚に陥る。
「また二人で、こうして買い物に来ようか。まだ一人で出掛けたりとかは不安だろう?」
そうだ。こう提案すれば、またデートができるんじゃね? 頭いい俺。
「いえ、結構です。大体のお店や帝都のことは把握できましたし、それにご主人様の手を煩わせられません」
「ああ、うん・・・・・・」
あえなく撃沈してしまった。けど、ポジティブに受け取ろう。気遣ってくれたと。嬉しい。いとおしい。
「というよりも奴隷の買い物に主が付き添うというのは本末転倒、非効率的ですから」
「ルウは合理主義なんだな」
そして、もう一つ嬉しいことがある。それはルウとの距離感だ。デートの最初まで、俺たちは歩くとき並んでいなかった。けど、今は違う。
それだけで、心を開いてくれたんだって、仲良くなれたって実感できる。これなら両想いになるのも時間の問題・・・・・・ふふふ。
「古代魔法と今の魔法は、随分と変わっているのですね」
研究所での主な業務、古代にあった魔法の解明。現代とちがいすぎる失われた強力すぎる魔法。そして魔導具、過去の魔法士や魔道士達が残した魔導書、研究資料。解明されていない物のほうが圧倒的に多い。俺の人生ずべてを使っても解明できないほど濃密で膨大なんだ。
「時代遅れ、調べるのが無駄なんていう奴らもいるが、過去の魔法を学び、解き明かすことはとても重要なことだ」
「なにゆえですか」
これも進歩なのかな。前は俺が振った話題に相づちだけしていた。今は尋ねてくれる。自分が好きなことを聞いてもらうってのは、地味に嬉しい。
「過去があるから、今が存在している。魔法もそうだし、あらゆることがそうだ。先人達の積み重ねから今の便利さが保たれている。それを調べて未来に残すのは、意味があることなんだ。現に今ある助詞不足の可能性あり魔法も、古代の魔法を解明して、応用することで大きく発展したという面があるよ。下水道のこととか街灯とか。一番大きいのは食料の長期保存と家具かな」
「確かに、そうなるとご主人様がなさっていることはとてつもなく重要なことですね」
「実際に改良や発展には関わっていないよ。ただ解読してるだけ。そういえば、古代魔法のことで面白い話があるんだ」
「なんでしょうか」
「古代の魔道士たちは、今より凄い魔法を使っていたけど、それは密度が濃くて純度が高い魔力を摂取していたからからなんだ」
「密度? 純度・・・・・・? ・・・・・・魔力を摂取・・・・・・とは?」
小首を傾げて不思議がってる。そんなルウも最強にいとおしい。けど、理由を説明したら驚いてかわいくなるぞ。
「生きている人間の肉体と血を使っていたんだ」
魔力とは生命力。だから生きている生物の血や肉体にも魔力は当然宿る。血、肉体は生命力の塊で、それを利用した魔法陣を描いたり、血を飲んで肉体を食べることでより強力な魔法を発動できる。魔物や素材を調達するより、生きた人間を調達するのが楽な時代でもあったから、高純度で密度の濃い生け贄を用いた儀式が普通にあった。まだちゃんとした魔法の理屈が確立されちなかったからな。
「けど、大昔にそんなことに気づくなんて、やっぱりすごいよな昔の魔道士たちは。着眼点とか発想が、常人と違うのかな」
「・・・・・・・・・」
「どれだけ実験したのかな。なにか閃いたきっかけとかあるのかな。知りたいよな」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
あ、あれ? おかしい。俺のテンションと比例して、ルウのテンションが低くなってるような・・・・・・? なんかおかしいこと言っちゃったかな?
「ご主人様はよほどお好きなのですね魔法に関わることが」
「そりゃ仕事にするくらいだし。だって面白いし楽しいだろ?」
研究所に勤めたのは、それが理由だ。もう一つは魔導書作りの参考にできるかと思った。けど、研究所で調べれば調べるほど、自分の才能のなさと過去の魔道士達のスケールの違いに落ち込んでいってしまう。
「そうですか。ご主人様もどうか危うくなったときには、どうか私の血を飲んでください」
「え!? いきなりなに!?」
「だって、いざというとき私を生け贄にするおつもりなんでしょう?」
「しないよ! 現代ではそんなことをやる魔法士はいないし、もっと効率のいい方法あるから!」
「ご主人様から魔法のためならなんでも犠牲にできるストイックさが漂っています」
「どこが!? 魔法士なら普通だろ! とにかく飲まないから! 飲めないから!」
「それは私の血は汚いから飲みたくないということですか?」
「そうじゃねぇよ! ルウを傷つけてまで魔力を回復させたくないってことだ!」
もし魔力がなくなって、それが原因で危ない場面になったとしても、その場合は死を選ぶ。もしくは自決する。ルウを犠牲にしたくないし。
「・・・・・・ご主人様、少しよろしいでしょうか」
改まった様子で呼び止められた。なんだか妙なかんじなので、こちらも不安になってしまう。
「どうした?」
「いえ、当初から感じていたのですが、今のようにご主人様は私を気遣うような場面が多かったり優しい振る舞いをなさっております。食事の面や生活環境、入浴や今日の服に関しても同様です」
ぎくりとしてしまう。後ろめたいことなんてなにもないのに、冷や汗が垂れる。
「通常、奴隷にはここまで好待遇にはしないのでは? 私が奴隷商人たちや奴隷たちと一緒に暮らしているとき、聞いた話と大分違います」
「・・・・・・ちなみにどんな話を聞いていたんだ?」
「食事は一日一回か二回、干した芋か粗末な粥が出ればいい方。お風呂なんて絶対入れてもらえない。寝場所は筵か藁。それから主となる人たちは、尊大で横暴なことをさせるのが普通だと」
きっとそれが普通なんだ。今まで見てきた奴隷と主の姿はそうだった。俺がおかしいんだ。だからこそ、ルウは訝しんでいるんだ。なにか理由があるんじゃないかって。どうしよう・・・・・・完全に想定が。ここでその理由を聞かれたら、ごまかす自信がない。
「ルウはそんな生活が送りたいのか? 今の、待遇が不満か?」
少しでも時間稼ぎをしようと、そんなことを尋ね返す。
「めっそうもありません。ですが、私はそのような待遇、生活を覚悟しておりました。だからこそ疑問なのです。なにゆえに、そこまでしてくださるのかと」
ああ、もうこれは逃げられない。ごまかせない。どうしてごまかせようか。どうやって逃げられようか。ルウのまっすぐな視線が、俺を捉えて話さない。目をそらすことも。好きだ。ただそれだけを実感できる心地のよい時間だ。顔は熱く、心臓は痛い。顔を、目線を少しでも曲げてしまえばこの幸せな苦しみが終わる。
けど、そらしてしまったら最後、一生逃げ続けることになる。伝えてしまおうか。今ここで。伝えるべきじゃないのか。
「俺は・・・・・・その、それは、」
まだ結論が定まらないまま、好きだという感情だけ空回りしているから、舌がもつれる。単純な三文字の言葉を、紡ぎ出せない。
ええい、ままよ!
「ルウ! お、俺は君のことが――」
「おや? そこにいるのはユーグじゃないか。なにをしているんだい?」
聞き覚えのある声に邪魔をされて、ずっこけた。
「やぁ、久しぶりだね。わが親友よ」
俺を親友と呼ぶやつは、この世に一人しかいない。よく知る顔を想像して、ヒリヒリする鼻頭を擦りながら振り向くと、やはりいた。とてつもない美少年で、細かい所作が優雅さと気品さを際立たせている。自然に振る舞う姿は嫌みさがなく、気取ったところがない。同性でも初めて会えば感嘆してしまうだろう。背が小さく、幼さが美少年を損ねるところは一つもなく、一種のアクセントとなっている。
やはり、こいつだったか・・・・・・! 驚かないし、仲が悪いわけではない。けど、こいつ最悪のタイミングで邪魔しやがって・・・・・・! 今は恨めしいやつ以外の何者でもない。
「なんだ、せっかく再会したというのに随分とつれない反応じゃないか。寂しいよ」
不満げに唇を尖らせるものの、端正な顔は少しも崩れない。それさえもこいつにとってはマイナスには働かない。女性からしたらこんな子供っぽさも十分魅力的にうつるはず。けど、今の俺からしたら怒りをかきたてる仕草でしかないがな!
名はシエナ。騎士団に所属している騎士。見た目がいいだけでなく十七歳という若さながら魔法を使えるし、剣術は並外れている。そのため、あらゆる任務で活躍している。というおよそ欠点らしい欠点がない実力者。
「しかし、帰っているならいると教えてくれてもいいだろう?」
「こっちも忙しくてな」
わざとぶすっとした態度をするけど、シエナは気にしていないらしい。嫌いなやつではない。身分や職業は違っても、ふとしたことで知り合って、紆余曲折があって友人関係を築いた。こいつに研究や仕事を助けられたことも、逆にこいつの任務を手伝ったこともある。年齢や立場、役職や地位に囚われない男同士の友情を保っていた。
このときまでは、だ!
これまでシエナと過ごしてきた時間とかその他すべてを差し引いても、今こいつへは憎悪しかない。せっかくの愛の告白を、こいつのせいで・・・・・・。こいつさえいなければルウと恋人同士になれていたかもしれないのに・・・・・・!
「おいおい、その魔法はなんのために発動しているんだい? まだ明かりが必要なほど暗くなっていないだろう?」
無意識だったが、いつの間にか『紫炎』が発動していた。駄目だ。無意識に殺意が。
「ご主人様。こちらの方は?」
正気に戻してくれたのは、ルウだった。知らない相手だからか、控えめにローブをちょいちょいと引っ張って尋ねてくる姿はつつましさといじらしさと相まって最高にいとおしい。涙がでそうなほど。
「ん? おいおいユーグ。その麗しい乙女はどこの誰なんだい?」
シエナもルウに気づいた。目敏いやつめ・・・・・・。けどルウは最高にかわいいから当たり前か。
「とてもチャーミングなお嬢さんだね。ひょっとすると、ユーグの恋人か? すみにおけないね」
「えええええ~? なぁんでそう思ったんだぁぁ~?」
さっきまでのシエナへの悪感情は、一瞬で消えた。ウインクをするシエナについ照れてしまう。はっはっは。いやぁまいった。他人からはやはり俺たちは恋人だと認識されるらしい。それはつまりお似合いってことだろう。相思相愛だと周囲が認めたってことだから。
「いえ。まっっっっっっっっったく事実と異なっております。私はユーグ様の奴隷、所有物でございます。この人と恋人関係だなどと絶っっっ対にありません」
「・・・・・・そういうことだよ」
「ユーグ泣きそうになっているよ?」
だってそんな必死に否定しなくてもいいだろう。
「しかし、今奴隷と言ったのかい?」
「はい。ルウと申します」
「ふぅ~ん?」
シエナはあごに手をやって、爪先から頭のてっぺん、耳の先にいたるまでじろじろと観察しだした。何度か胡乱なかんじで俺たちを見比べるようなことをしたし、なんだ?
「よろしくルウちゃん。僕はシエナ、君の主の親友だよ。よろしく」
やがてシエナは、涼やかに笑って握手をする。好意的な態度にほっとした。よかった・・・・・・ルウにひとめぼれしたとか抜かしたら決闘を申しこんだところだった。それからは軽い雑談と近況報告をしあって、終始穏やかなものだった。ルウもシエナに対しては普通の接し方だし。
「おっと。もっとルウちゃんと話をしてみたかったんだけど、任務の途中だったよ」
・・・・・・ルウちゃんと? なんの話をしてみたかったんだ?
「任務? 騎士団のか。これからなんて大変だな。だって夜だぜ」
「騎士団は大今変なんだ。きっとまた徹夜だろうね。まぁ近いうちにね。お互い、あの戦争を生きて帰れたんだ。せいぜい長生きしよう」
そのまま去っていく、と油断していたから認識が遅れてしまった。なんときゃつめは、ルウの手をとって、その甲に口づけをしやがったのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こいつ今なにした?
「あの、シエナ様?」
脳がうまく働かない。思考が硬直している。
「どうかシエナと呼び捨てにしてかまわない。僕はすべての女性の味方、騎士とは仕える者に忠誠を誓うのではなく、己の信念に殉じるのだから。そう、僕はすべての美しい女性の味方なのだよ。麗しいお嬢さん、己の信念に身分は関係ないのさ」
キスした。ルウの手の甲に。俺の好きな子の体に唇を当てやがった。そうだこいつはこういうやつだった。出会う女性にはキザに振る舞って甘い言葉を囁き、気軽に愛を伝える。まさかよりによって俺の好きな子にやりやがるとは。
俺だってまだしたことないのに。殺したい殺したい呪い殺したい。かっこつけてキザなこいつを今すぐ殺したい。俺でもまだしてないのにできないのにしたいのに。
「本当はもっと君と一緒にいたいけど、ユーグに殺されてしまいそうだから。それではまたね」
軽く手を挙げて、ウインクをして優雅に去っていく。あいつの背中に魔法を放っても今なら誰もいない。よし。発動している『紫炎』をできるかぎり大量に――
「ご主人様。戦争に行っていたのですか」
遠ざかっていくシエナに魔法を放つ直前、ルウの問いに意識をとられた。つい振り向いてしまって、そしておもわず魔法の発動を解除してしまった。いつになく真剣で、そしてこわかった。顔は強ばっていて、力が入っているのが見てとれる。尻尾はぴん! と直立して耳と同じように毛が逆立っている。明らかに尋常じゃない。
「そうだけど」
「それはなにゆえですか」
なにゆえって、そんなのこっちがなにゆえだ。
「魔法士だからだ」
魔法士は原則的に、開戦した場合軍に入ることを義務づけられている。この国に限ったことじゃない。
「ご主人様が戦争に行っていたは聞いていませんでした」
聞かれたこともなかったし、教えるきっかけもなかった。それに、あまり戦争のことは話したくはないいい思い出なんか一つもない。ルウは納得したのかどうなのか。複雑な表情になって、すぅ、と無表情に。出会ったときみたいな感情がなく、死んでいると錯覚するほどに
シエナはいなくなったし、告白をやり直す空気じゃなくなったので、仕方なしに帰宅の途についた。さっきまで隣に並んで歩いていたのに、また後ろに下がって付いてくるようになっている。簡単に話しかけられない空気をまとっていて、気まずい。
「なぁ、一体どうし――」
「この無能! なにをしているか!」
耐えられなくなって聞こうとしたけど、周囲をつんざく怒声に、おもわずそちらに視線をやった。
「も、申し訳ございません、」
「すまんですむか! 貴様のせいで、貴様のせいで!」
きっと何か失敗をした奴隷を罰しているのだろう。男は持っている杖で、地面に這いつくばっている奴隷をしこたまたたいている。周囲の者達は、俺みたいに不快感も侮蔑も持っておらず、それが当たり前の風景として無関心で皆通り過ぎている。
「おいさっさと歩け! また晩飯抜くぞ!」
「は、はい・・・・・・」
そんなことなんかよりも、今はルウだ。再度、尋ねようとした。
「ルウ?」
ルウは立ち止まっていて、眺めている。傷だらけで足を引きずり、血をとめることも許されず小さい体には大きすぎる荷物を持った奴隷と、その主。徐々に遠ざかっていく二人の主従を。なにを考えているのか、横顔からは想像できない。
ややあって追いついてきた。けど、聞ける雰囲気じゃなくなってしまった。
「ご主人様も我慢できなくなれば、私にああなさってください」
「なんだと!?」
「ですから、私にあのような振る舞いをなさってくださって結構です先程の、あの罰を与えられていた奴隷のように。お仕事で、研究で、なにかイライラされたとき、私が間違いをしたとき、ああやって憂さを晴らしてください」
「そんなことできるわけないだろ!」
「なにゆえですか?」
息をのんだ。表情も瞳にも出会った頃以上に生気はなく、全身に冷たい殺気すら含んでる。竦んでしまうほど感情がない声音。初めてルウに恐怖をいだいた。
「私は道具です。私を慮る必要はございません。私はご主人様の所有物です。この首輪がその証です。ご主人様がお命じくだされば、この場で裸にもどんなこともいたします。自ら命を断ってもごらんにいれます」
なんでだ。なんでこうなる。さっきまであんなに・・・・・・。楽しいデートで、仲良くなれて、告白しようとしてたのに・・・・・・!
「どうぞ。私をご自由にお使いください。そのための奴隷でございますから」
はっきりとした宣言。今まで何度繰り返してきただろう。今の奴隷だと認める発言は、ルウからの明確な拒絶だった。俺の一切合切をはっきり拒絶している。
どうしてこうなってしまったのか、わからない。ただ縮められたはずのルウとの距離が、またできてしまった。それだけは確かだった。
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