第12話
女性用の服屋という生涯足を踏み入れる機会がなかった場所にいると、どうしても違和感が拭えない。そわそわとして落ち着かないし、悪いことをしていないのに、いたたまれない。そういえばルウは着替えとかないんじゃ、というか下着もないんじゃ? と慌てて買いにきたのだ。
ここに連れてきた目的を知っているルウは、一時間以上たつというのに服を購入しない。物色してはいるが悩んでいない。尻尾もそれを示すがごとく毛先が小さくゆらゆらしていていとおしくなる。
店員も、おおまえら何しに来たんだ早く選んで買えよ。そうじゃないなら帰れという視線を無言のプレッシャーとともに投げかける。
「どうだルウ。ほしい服はあるか?」
「いえ。ないです」
ないって、おい。せっかく来たのに。
「じゃあ今までどうやって服を買っていたんだ?」
「選んだことも、買ったこともそもそもなかったので。村で暮らしていたときは大抵母や姉のお下がり、着古したものを与えられていたのを着ていました。今までこだわったことや好んで着たとことをしていませんでした」
とにかく無頓着だったようだ。俺も人のこと言えた義理じゃないけど、今のこの年頃の女の子ってこんなものなのだろうか。俺の学生時代、大抵女の子っておしゃれだとか流行だとか色、好みで買っていたけど。
「好きな色とかあるだろう。それを基準にしたらどうだ?」
「どうでしょう」
「スカートの方がいいとか」
「さぁ」
「こういう服が着たいとか、イメージがないか?」
「そのようなイメージをしたことがないので」
困った。これじゃあどうすればいいか。店員に頼んで似合うのを教えてもらうか、お勧めとか人気のを聞かせてもらうか。
「ご主人様は、どのようなのがお好みですか?」
「ん?」
「ご主人様がお好みの服を選んでください。それを私は身に付けたくねがいます」
・・・・・・・・・・・・んんん?
「私は、自分で選ぶということができません。なので、ご主人様に選んでいただきたいのです。ご主人様の似合うと判断されたものならば安心できますし、その方が私も視覚的にもご主人様を喜ばせられるのでは、と」
これは、俗な恋人同士がよくやるやつか? 恋人に着せる服を選んでキャッキャを楽しむという高度なイチャイチャプレイのやつか?
「ご主人様、どうかされたのですか?」
「いや、産まれてきてよかったと・・・・・・な」
手で隠さなければ、感動で泣いたのがバレてしまうところだった。
「ありがとう。命を賭けて、似合うのをピックアップしよう」
「おおげさすぎるのでは?」
とはいえ、俺もファッションセンスには自信があるわけではない。もう何年も自分のすら買っていない。真剣に吟味するが、頭がこんがらがる。どれがルウに似合うか。下手なのを選ぼう物ならば、それでルウの美、いや存在を否定しかねない。そんなことがあっては申し訳ない。何がルウにふさわしいか。どうすればルウを際立たせられるのか。その一点に尽きる。
魔法を創るときと似ている。何か一つでも間違えればとてつもない惨事となる。。もしくは戦いだ。過ち一つが死に直結する真剣勝負。
「これか? いや、駄目だ。色が派手すぎる。これは・・・・・・スカートが・・・・・・生地が・・・・・・」
次々と手に取っては顔に近付けて離してゆっくりと細部まで凝視してチェックしていく。しかし、これだ、と自信を持てる服と出会えない。
「くそっ! 俺はなんて無力で愚かなんだ!」
駄目だ。荷が重すぎる。
「あの、ご主人様。決められないのでしたらお店の方に聞いてみてはいかがでしょうか」
これはもう俺とルウの神聖な儀式。俺は試されている。ルウへの愛を。どれだけルウを好きでいるのかを。他人が土足で入ってきていいわけがない。
ルウのかわいさと美しさを引き立たせて磨きをかけられるような服でなければ。それならいっそこんな安物の服屋じゃなくて貴族や大金持ちが通っているようなところでなければ。いやオーダーメイドで注文するというのも一つの手か?
「うううううううううううううう~ん・・・・・・」
「まどろっこしい・・・・・・ご主人様、いっそのこと、もう手当たり次第に試着してみるのはどうでしょうか」
「試着?」
「先程お店の方にうかがったら、できるとのことなので。それで私が試着して、ご主人様がお好みの服を購入するというのは?」
あ・・・・・・その方法があった。というかなんで忘れていたんだろう。最初からそうすべきだったじゃないか。
「・・・・・・じゃあ、まずこれとこれで」
手渡した服を持ったルウは、店員に誘導されて足早にカーテンの向こうへと消えていく。少しして出て来たルウに、言葉を失った。
「どうでしょうか」
「・・・・・・」
「ご主人様? ご主人様っ」
少し強めの呼びかけで、消失してた意識が戻った。けどまた失いかけた。衝撃すぎて、ふらついてしまう。
今ルウが着たのは、なんの変哲もない町娘がよく着ているもの。白のシフトドレスと緑のステイズ、赤いペティコート。しかし、ルウによって絵画に描かれているがごとく荘厳さと神秘さを発揮している。
「よしこれを買おう。次はこれだ」
次は装いを変えてパンツルックスタイル。膝丈が短くふわっと膨れているズボン、ワイシャツとスペンダーという男性的ながらも可愛らしさを損なわれていない。
「買おう」
即決した。シンプルオブザベスト。次は青いカートルにスリーブ。だからこそルウそのものが輝く。
「買いだ」
なぜここにあるのか。貴族や金持ちの家で働くメイド用の衣装。普通に似合う。買い。旅人スタイル、魔法士のローブ、ボンテージ、修道女、巫女、踊り子。さまざまな外国の民族衣装。エトセトラ。ありとあらゆる服が似合っている。似合わないものなどない。
「ふぅ・・・・・・よし。こんなところか」
「お待ちください」
ほぼ全ての服を試着した時点で満足できた。そのまま会計をしに行こうとしたが、ルウが襟裏辺りをつかんできて、強制ストップをかけた。
「破産するおつもりですか。これをすべて買うなんて不可能でしょう。絶対に駄目です。今後の生活のこともお考えください。ご主人様はまだしも、私の食事事情に悪影響が出ます」
しっかりしているな。そんなところも好き。
「それに、元々私は衣服にそれほど執着しておりません。今着ているこれで結構です」
ルウが着ている服は、到底服とは呼べない。貫頭衣という粗末な布で、所々穴が空いている。それは俺のほうがいたたまれない。それに今日ここに来た意味がない。
「何着かあった方が便利だろう?」
「確かにそうかもしれませんが、大丈夫です。何セットかありますし」
奴隷用の服ってそんな何セットもそろえられるものなの?
「そもそも下着すら一枚も使っていないのですから」
「だろう? だから――――ってちょっと待て。今なんてった? 下着がないだと?」
「はい」
「・・・・・・本気か?」
「本気と書いてマジですがなにか」
なんでそんなすまし顔していられるんだ。逆に恥ずかしがってる俺が馬鹿みたいじゃないか。肝が据わっているんだろうか。それともウェアウルフという種族だからだろうか。ってそうじゃねぇ!
「頼むそれだけは買わせてくれ」
「別段問題は――」
「後生だっ!」
今後の俺の生活と安眠と命に関わる。それから倫理とか性欲とか罪悪感とか妄想とか。とにかく正気でいれる自信がなくて、ルウの肩を揺さぶって頼みこむ。
「・・・・・・必死になっているのが不思議ですがかしこまりました」
そんなこんなで店員に案内されたのは下着のエリア。刺激が強すぎて直視できない。女性の下着なんて普通生きていたら遭遇しないもの。しかし、空間の上下左右全て下着だから逃げ場がない。
「どのようなものがいいのでしょうか。早速選んでください」
「んんんん~!?」
ルウはなんて言った?
「こちらですか? どのような形態がいいですか? 色は? 用途は?」
白の清潔なの。水色のシンプルなの。しましま柄のもの。なんか動物とか魔物の刺繍がされてる子供っぽいの。赤くて派手なの。黒っぽい大人の。エメラルドグリーンの高貴っぽい助詞不足の可能性ありの。虎柄の。レースの。リボンの。紐状の。フリルの。ふわふわの。もこもこの。ほぼ下着じゃないの。
自然と想像してしまう。これらを装着したルウを。大人っぽいルウ。セクシーなルウ。清純なルウ。かわいいルウ。子どもっぽいルウ。いやらしいルウ。
最高じゃないか。
「ぐぼばぁっっっ!」
耐えられず、鼻血が勢いよく吹き出した。駄目だ。俺には刺激的すぎる。そんな日が来たら死んでしまう。確実に。
「どうかなさったのですか?」
「いや、つい鼻血が」
「ついで鼻血が出てしまう特殊な体質なのですか?」
「そうでもある」
「いきなり叫んだり奇声をあげたり。ご主人様はいろいろと特異な体質なのですね。一度お医者様に診察していただいたほうがよろしいのではないでしょうか」
俺のことを心配してくれて嬉しいが、今はそれどころじゃない。
「それはそれとして、どれですか? どれを選べばよろしいのでしょうか?」
ごまかせなかった・・・・・・。しかしまだルウのことも下着のことも直視できない。
「・・・・・・いや、適当で」
「適当で、ではわかりません。そのように指だけで選ぶのではなくてちゃんとご自分の目で見て決めてください。どうか具体的に。どのようなのがお好みですか? 」
「・・・・・・じゃあそれで」
「それではわかりません。どの色ですか。形ですか」
「ちょ、」
「さぁ、お選びください。さぁ」
これはもう拷問だ。それも精神的に痛めつけられる。決してルウは逃がしてくれない。というかなんかいつもよりぐいぐい来てないか。こんなルウ初めて。もしかして、さっき『隷属の首輪』の件、怒ってるのか?
「さぁ。さぁさぁさぁ」
それから死力を振り絞って、何個か下着を選び抜いて購入した。正直死ぬところだった。会計を終えた今でも全力で走ったあとみたいに心臓が痛いし息切れをしている。
「ありがとうございました。今日はこれからデートですか?」
店員が雑談としてそんな話題を振ってきた。他人からしたら、俺たちはデートをしている間柄に見えるのか。それはつまり恋人同士に見えるってことか。ふふっ。
まいったな。ラブラブカップルとして振る舞っているつもりはないんだが、ただ自然にしていただけだけど、普通にそういう風に見えたんなら仕方がない。
「いえ。私たちは恋人同士ではありません」
無残にも即座にそれを否定されてそれなりに落ち込んでしまう。
「私はこちらの、研究所に勤めているユーグ様の奴隷です。毎日朝から晩まで足腰が使いものにならないほど使われて骨抜きにされてご主人様が満足されるまでこの身を使って癒やしている、そんな間柄です」
「ちょ、ルウ!?」
「毎日の日課だ、とその行為を決められています。しなければご主人様は夜寝ることも朝研究所に出勤することもできないのです。さらには、これらの下着も、夜のご奉仕で使用するために購入したものです。先程もこの『隷属の首輪』で路上で公衆の面前にて辱められました」
「ルウ!」
「そのときのご主人様の悦に浸ったお顔といったら・・・・・・。しかし、それでよいのです。そういうことも覚悟していましたし、奴隷ですから」
「ルウウウウウウウウウウウウウウ!!」
「どうかされましたかご主人様。まさかここで・・・・・・ですか? なら致し方ありありません。あそこの試着スペースで」
「そうじゃねえええええええええええええええんだわああああああああああああ!!」
店内は処刑場へと化していた。すべての人間から俺に向ける視線、態度、空気。全てが俺を社会的に殺すための空間へと変貌している。
訂正しようにもルウはどこを訂正すればいいか迷うほど事実しか述べていない。だからこそたちが悪い。非常に困る。しかもピンポイントに俺の勤め先まで明らかにしてくれちゃったし。絶対うわさになる。
ドン引きしている店員にあいさつもしないで、ルウの手をつかんでそのまま全力ダッシュで外に出る。
「怒ってる!? やっぱりさっきのこと怒ってる!? そうだろ!?」
「なんのことでしょうか。ああ、私の口から毎日のご奉仕の感想を述べさせたことでしょうか?」
「ああああああああああ!」
もうあのお店には行けないだろうと軽く絶望した。
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