第46話 嘘の訳

『よっしゃ飲もうぜ!じゃあー、今日の特別ゲスト風矢咲薇から一言とカンパイの音頭よろしく!』


『え!?あたしか!?』


 いきなり指名されビックリした咲薇だったがグラスを持って立ち上がるとノリ良く対応してくれた。


『はいどーも!今日は縁あってご一緒させてもらってるんですけど、正直めっちゃ楽しんでます。なんか最近こんな風に人と過ごすことなんてバイト以外でなかったんで仲間に入れてもらえて嬉しいです。みんなもこの旅行いっぱい楽しんでってほしいなと思てます。とりあえず今日は長旅でお疲れやと思うんで、いっぱい飲んでいっぱい食べて盛り上がっていくよ~!カンパーイ!』


 咲薇に続いてみんながカンパーイ!と声を揃えて宴会はスタートした。


『おう咲薇!綺夜羅の友はあたしの友だ。なんかあったらいつでも言えよな。たとえ神奈川からでも飛んでくるぜ』


『あはは。ありがとう、数』


『逆に咲薇ちゃんが神奈川に引っ越して来ちゃえば!?』


『え?あたしが神奈川に?いや、あたしこっちに学校あるしなぁ』


 燃はまるで隣のクラスからウチのクラス来ちゃえば?みたいなあまりにも簡単なノリで言った。


『ファッションの学校ならこっちにだってあるよ?』


 思いもよらない言葉に咲薇はリアクションができなかった。


『はは…それならそれもえぇのかな』


 全てを忘れてやり直す為には。


 そんなセリフが続きそうな咲薇の言葉を聞くと綺夜羅が言った。


『燃。オメーそうは言うけどよ、咲薇にだってこっちの生活もありゃ仲間だっていんだぞ?な、咲薇。わりーな、あいついつもあんな感じなんだよ。まぁ、飲めよ。姉妹の盃交わそうぜ』


 綺夜羅は咲薇に日本酒をすすめた。


『あ、あたし、こんなん飲めへんよ。お酒弱いねんから』


『なんだよ。あたしとは姉妹になれねーねんか?』


 この女はすでに酔っ払っている。


『ごめんねー咲薇ちゃん。そいついつもそうなの』


 反対側から燃が言い返した。


『全く、しょうがない奴』


 掠まで呆れてしまっている。


『いいか咲薇。この盃を交わしたら今日からあたしたちは姉妹だ。行くぜ!』


 綺夜羅の無茶振りで一気だ!姉妹だ!と咲薇は飲めもしないお酒を次々と飲まされていった。綺夜羅はもう完全にネジが外れてしまっているので、やめない。


『も、もう無理や』


 咲薇が言っても聞きはしない。


『綺夜羅~。あたしはあんたが大好きよ~』


 とその横で出来上がってしまっているのは、ほんの数分前綺夜羅を「しょうがない奴」と言っていた掠だった。どうやら彼女も酒が弱いらしい。


『あ~あ、始まっちゃったよ』


 綺夜羅と掠と咲薇のドンチャン騒ぎを見て旋が割れそうな物、こぼれそうな物を3人の酔っ払いから手際よく遠ざけていく。だいぶ慣れっこのようだ。


『咲薇さんごめんね。この人たちいつもこうなのよ』


 最終的に頭を下げるのはいつも珠凛だった。


『咲薇ちゃん、こっちおいで。綺夜羅と掠の近くいるとろくなことないよ』


 日本酒を飲まされすぎてぐでんぐでんの咲薇を燃が自分たちの方へ避難させた。だがもう咲薇はフラフラで燃に抱きついて離れず、甘えた声を出した。


『ねぇ…一緒におって…』


 そのまま燃のひざを枕にして眠りに入ってしまった。


『この子可愛い。「一緒におって」だって。キュンとしちゃった』


『クールに見えて本当は甘えん坊だったり?』


 旋が咲薇のほほを突っつくとそのほほが濡れていることに気づいた。


『あれ!?泣いてるよ?大丈夫?』


 咲薇は寝ている。それが寝ながらの涙か寝る寸前に流したものかは分からないが、表情には悲しみの色が見えた。


『案外苦労してるんじゃないかしら…』


『友達いなかったりしてな。実はめっちゃ嫌な奴で』


 珠凛が不憫に思ったのに対して数はいたずらにそんなことを言った。


『そういえば咲薇ちゃんの友達って子は来ないのかな?』


 旋がそれを思い出して口にした時、空いた皿を下げに女将がやってきた。


『あれ?サクちゃん潰れてるやん』


『すいません。ウチの大将が飲ませすぎちゃって』


『わはは大将て』


 片付けながら女将は言った。


『この子めっちゃえぇ子やからよろしく頼むね。居酒屋でバイトしとんのやけど、暇ある度にここの手伝いに来てくれんねん。銭も受け取らんとせっせせっせとな。おかげでこの子目当てでここ利用してくれるお客さんもいっぱいおるんよ。ホンマに助かっとる』


 その辺はなんとなく想像できる。


『あの、そういえば今日お友達さんは?』


 旋が聞くと微妙に一瞬変な間が空いた。


『…あぁ、息子かい?あいつはもう死んだよ』


『え?』


 綺夜羅と掠は飲みすぎて寝ていたが、起きていたあとの4人は思わず声をあげた。


『なんや聞いてへんのかいな。叶泰言うてな、あの子暴走族やっとったんや。この辺でも結構目立つアホでね。でも自慢やないけどえぇ子やったんよ。アホやけど曲がったことせぇへん子やった。それが去年な、急に結婚する言い出しよったんや。何を焦っとんねん、もっとゆっくり考えたらえぇて言うたんやけどね。ケジメ取って暴走族やめてくる言うてな、笑いながら出てったんが最後やった。それが…23日。丁度1年前の明日やったんよ』


 4人は耳を疑った。それは咲薇がこの前言っていた事件に間違いなかったからだ。


 あの時はただのウワサだと言っていた。まさか自分の知り合いだなんてことは一言も言わず笑いながら話していた。


『叶泰とサクちゃんは幼馴染みでな、小っちゃい頃からずっと一緒やったんよ。サクちゃんはあの子がいなくなってからも変わらずここに顔見せに来てくれる娘のような子や。叶泰もサクちゃんとくっついてたら、きっとまだ生きとったろうに…』


 最後に女将は残念そうな顔をした。


『しもた、ごめんな。ちょっと喋りすぎてもうた。楽しい席でこんなん言うたらあかんやんな』


『い、いえ。こちらこそ何も知らずにすいません』


 女将は笑って首を振ると部屋を出ていった。


『なるほどね』


 あの時咲薇から感じた嘘の匂いはそういうことだったのかと燃は1人納得していた。


『咲薇ちゃん、その人のこと好きだったのかな?』


 旋が今の話を聞いてまず1番始めに思ったことを口にした。


『さぁ…嫌いではなかったでしょうね』


 珠凛は燃のひざで眠る少女の抱えているであろう悲しみを拭うように髪をなでていた。

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