第32話 疎井の足跡を追え

 大阪西成署の刑事松本は疎井冬と妹のアヤメについて調べていた。


 と言っても資料として残っている物は不思議なことに、疎井冬が生まれてからそこにいたという施設の存在と通っていた小学校があるということだけで、妹の情報らしき物は何1つ見つからなかった。


(仮に離れ離れで暮らしとったにしても、妹だけ学校も幼稚園も通っとらんのはおかしいな…)


 2人はそもそも出生届けすら出されていなかった。姉の冬は出生後すぐに捨てられていた所を保護された。親はどこの誰か分からず、だから冬は生まれてからずっと施設で育ったようだ。


 松本はその施設に足を運んだ。当時のことをよく知る者は責任者の女性しかいないようだが話を聞かせてくれるということだった。


『疎井冬ちゃんですね。えぇ覚えてますよ。彼女は生まれてからずっとここにいた子で、私は彼女が小学生になってからここへ来たんですけど、すごくおとなしい子で周りの子ともあまり自分から喋ったりするような子ではなかったですね。内気で恥ずかしがり屋で、でも動物や植物がすごい好きで優しい子でしたよ』


『冬さんの妹さんという子を知りませんか?アヤメという子です』


『え?妹さんですか?さぁ、私は聞いたことないですけど…ここにいる間に家族が見つかったということはなかったはずなので、ここからいなくなった後に家族が見つかったんですかね?』


『冬さんがここからどこへ行ったか分かりますか?』


『いえ、それは…分からないんです』


『分からない、とは?どういうことですか?』


 そこまで聞くと女は急に困った顔をした。


『実は彼女、ここ勝手に出ていってしまったんです。』


『勝手に?何故ですか?』


 明らかに話すことをためらっている。


『…まぁ、もう昔の話なんでお話ししますけど。私の前の責任者がね、ある日冬ちゃんに刺されてしまったんですよ。その人は冬ちゃんが来た時からずっと彼女を見てきた人で冬ちゃんとも1番仲が良かったんですけどね、信じられませんでしたよ。そのままその日にいなくなってしまって…』


 かなり興味深い話が転がりこんできた。


『何故刺されてしまったんですかね?』


『それは分かりませんよ。冬ちゃんは何も言ってくれませんでしたし、本当の父親のように慕っていたのに…刺された責任者の方も分からないみたいでしたから』


『父親?前の責任者は男性の方だったんですか?』


『えぇそうです。私たちは結局何も分からず終いでしたけど、あんな虫も殺せないような子があんな風に人を刺すなんて、相当なことがあったに違いないとは思ってました。もしかしたら私たちの目の届かない所で、冬ちゃんはずっと苦しんでいたのかもしれませんね』


『…その男性は今どこに?』


『さぁ、ここを辞められてからは私も会っていませんので』


『そうですか。住所か連絡先とか控えてないですかね』


『あ、当時の物ならありますけど』


『それで構いませんので教えて下さい』


 松本はそれだけ聞くと次に当時通っていたという小学校へ向かうことにした。


(何故疎井はその男を刺し消えてしまったんや?よぉ分からんなぁ…)

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