第30話 バイク屋の娘だから

『えっ?乗りたい単車?あたしはKHかなー。えー?だって可愛いじゃん。見た目も、名前も』


 掠はカワサキのKH400に乗っている。可愛さに惹かれたらしい。読み方はケーエイチだがだいたいみんな「ケッチ」と呼ぶ。その名前が可愛いらしい。


『えー?可愛さで言ったらバブでしょー。あたしあの音がいいの。だって他の単車って基本みんなうるさいじゃん。ギャンギャンウァンウァンブヒーみたいな。バブのあの環境と人に優しい重低音聞いてるとやっぱバブがよくなっちゃうんだよねー。あ、形?ホーク2がいいかな。あのヤカンタンクがまた可愛いんだよ、丸っこくて』


 燃はホンダのホーク2という、いわゆるバブと呼ばれる単車に乗っている。


『あ、あたし?あんまめんどくさくなくて乗りやすいのがいいなぁ~。え?全部めんどくさい?でも燃がホーク2ならあたしバブ3にしようかなー』


 旋は同じくホンダのスーパーホーク3。これもバブなのだが形は違う。バブにはエンジンが250と400があったり外装が燃の言うヤカンタンクとカクタンク、そしてこのホーク3のタイプがある。厳密に言えばもう少し細かいのだがこのホーク3の外装の物をバブ3(バブスリ)と呼び、他の2つはだいたいバブと呼ぶ。


 2人が乗っているのは両方400だ。


『え?いきなりどうしたの?私はずっと綺夜羅の後ろでいいのに。ふふ、ジョーダンよ。好きなのはZ400GPよ。カワサキって感じがしてノーマルでも十分カッコいいわよね。綺夜羅もそう思うでしょ?』


 珠凛はカワサキのZ400GP。


『あ?GSだよGSー。ヤンキーやってたらGS乗らねーで何乗んだよ。でもあのザリとか刀とかはダメだな。ありゃー全然渋くねーからな。やっぱ暴走族の単車っつったらGSだろ。え?何よ、もしかして買ってくれんのけ?違う?え、何作ってくれんの?……マジ?オイオイすげーじゃん綺夜羅。どうしたよ気前いーじゃん!!おぉ!分かってるぜ友よ!お前の言うことはなんっでも聞くからよ!よろしく頼むぜ!』


 数はスズキのGS400。ザリというのはGSX400E、250Eのことで数的にダメらしい。


 今みんなが乗っている単車は全て綺夜羅が1から作った物だ。自分のバイト代など惜しまず約1年半かけて全員の単車を完成させたのだ。


 その頃まだ中学生でありながら単車のことは1人でなんでもできたので、少しずつ部品を手に入れてはいつかみんなで走れる日を夢見て作ってきた。


 バイクが好きなこと、バイクに乗れること、バイクがいじれて家がバイク屋なこと、自分が持っているのはそれ位だった。だから自分の友達とバイクに乗って走るのが綺夜羅の夢だった。


 あの時母親と出ていったら、もっと違う女の子らしい人生になっていたかもしれない。


 自分が望んでいたのはそんな人生だったのかもしれない。


 だけど綺夜羅は後悔なんてしていないし今がすごく楽しい。やっと自分たちのチームを作れる。その記念として今回大阪旅行を決めたのだ。


(お母さん、あたしのこと見たらなんて思うのかな…)


 父親にそっくりだとか思われるのかな、なんて思いながら夏空の下を走っていく。


 綺夜羅は小さい頃から母親に青いリボンで髪をポニーテールにしてもらうのが好きだった。だから母親と別れたあの日も最後に髪を結んでもらった。


 あの頃できなかったリボンも今は1人で結べる。

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