第14話 厄介な事件

『疎井(まばらい)さーん。疎井さんいてないですかー?』


 大阪府警西成署の刑事松本はあるマンションを訪れていた。歳は50半ばだが歳の割りになかなかたくましい体をしていて一言でゴツい。若い頃は柔道を相当やりこんだらしく全盛期を過ぎてからも体だけは鍛えてきた。髪は丸刈りで見た目はなかなかいかつい。彼は今とても厄介な事件を追っている。


 松本はインターホンを鳴らしながらドアをノックした。


『すいませーん。疎井さーん、警察ですけどー』


 するとドアの向こうから声が返ってきた。


『…はい。なんでしょう』


 中から聞こえてきたのは女の声だ。か細い声。でもどこか不機嫌そうなトーンだ。インターホンを鳴らされながらドアまで叩かれたらそれはそうだろうが、こちらを警察と名乗っているのに少しも動じていないのが分かる。


『あっ、疎井さんですか?すいません、僕西成署の松本言う者です。えー、冬(ふゆ)さんでよかったですか?』


『いえ、冬はあたしの姉です』


『あ、妹さんですか?…失礼ですけど、お名前うかがってもよろしいですか?』


『あたしはアヤメです。あの、姉が何か?』


『お姉さん、今いてはりますか?』


『いえ。もうずっとここには帰っていません』


『ホンマですか?いや実はね、ご存知かもしれないですけど去年のある事件についてお聞きしたいことがあったんですけど、お姉さんいつから帰られてないんですか?』


『…おそらく、その事件のすぐ後だと思います。もうすぐ1年位ですかね』


『…そうですか~。お姉さんから連絡は来てはるんですか?』


『いえ…』


『それは心配ですねぇ…万が一居場所が分かるか連絡があったら署の松本に連絡もらえるよう伝えて下さい』


『あの、姉が何かしたんですか?』


『あーいえ、そうやなくてですね。1年前の事件当日どこで何しとったかだけ聞かせてほしかったんですよ』


『…そうですか。分かりました』


『ほんなら、これで失礼しますわ。連絡の方よろしく頼んますね』


 松本は軽い感じで念を押したがもう返事はなかった。


(妹…やと?疎井に妹なんかおったんか?まさか…嘘や、本人やろ?それがホンマなら初耳や)


 訪ねた、ということはそれなりに張り込み人物の確認はしている。松本はもちろん疎井冬本人だと思っていた。しかしそれが本当に本人か松本には証明できなかった。


(疎井アヤメ、か。アカン、字を聞くんを忘れてもうた…)


 松本はパシンと額を叩いた。


『…ま、ええか。』


 歩きだすと次の目的地に向かった。

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