第24話

 文化祭から一番近い休みの日に俺は京の家に来ていた。


「久しぶりに来るなあ」


 京とは長い付き合いだが、家に行くとなれば基本的に俺の方で、佐倉家に来ることは殆どなかった。


 俺は意を決してチャイムを鳴らす。


『はい、佐倉です』


 出たのは非常に落ち着いた女性の声。母親だ。


「京さんの友達の青野です。少し用事があってお伺いしたのですが」


 彼氏であるということはぼかし、ただ用事があるとだけ伝えた。


『分かりました』


 その言葉と共にインターホンが切れる音がして、数秒後に玄関が開いた。


「夏樹君ね。お久しぶり、何の御用かしら?」


 久々に会うにもかかわらず覚えてはくれていたが、あまり歓迎されていない様子だった。


「すこしお聞きしたいことがありまして。文化祭での件です」


「ああ、そのこと。入りなさい」


「お邪魔します」


 俺は京の母に連れられ、リビングへとやってきた。



 何度見ても無機質な部屋だ。一応生活道具などは置かれているのでここで家族が暮らしているのだろうが、ただ住んでいるだけで家庭感が一切ないように見える。


 まだモデルルームの方が住んでいる感じがすると思う。


「ここに座って」


「はい」


 俺は指示された通りに椅子に座り、京の母がお茶を出してくれた。


「ありがとうございます」


「それで、何が聞きたいのかしら?」


「許嫁として突然現れた西園寺という男について、何か知っているのではないですか?」


 いくら自分勝手な男とはいえ、何の根拠も無しに訪れるほどに馬鹿では無いはず。となると、この事件の発端に少なからず両親が関わっているのではないかと踏んだのだ。


「ああ、彼ね。勿論よく知っているわ。京の許嫁だもの」


「では何故京さんは彼の事を一切知らなかったのでしょうか?」


 少なくとも許嫁の存在は知らせておくべきだと思うが。


「別に知らせる必要はないでしょう?言わなくても決まっている事なのだから」


 母は私の言ったことだから京は従って当然、と言わんばかりの口調だった。


「そのせいで事件にまで発展したのはご存知ですか?」


 厳密には西園寺が余りにも自分勝手な人物だったからではあるが。


「そうね。そのせいで婚約は破棄になってしまったわ」


「京さんに申し訳ないとは思わないのですか?」


「どうして?家格の高い立派な男性の元に嫁ぐのが京にとっての幸せでしょう?」


 この人は京の事を見ていない。


「京さんは絶対にそんなことを願っていません。人に人生を決められることなく、自分の行きたい道に進んでいきたいと考えているはずです」


「母親である私の方が娘の事をよく分かっているわ。いくら幼馴染でも私には勝てない」


「そうですか。では何故京は美術部に入らなかったのですか?」


「それは美術部の実力が京に遠く及ばなかったからよ」


「それはありえません。あなたがよく分かっていますよね?」


 この高校にはちゃんと美術部は存在する。それも弱小ではなく定期的に賞を取ってくるレベルには強い。


 それに、京が入学した時の3年生の中にはとある賞で全国一位を獲得した人が居たのだ。


 そもそも京がこの高校を受けることになったのは、その美術部の先輩と切磋琢磨するため。


「ただの気の迷いよ。まだ京は子供だから。私が導いてあげないと駄目なのよ」


 まだ京の事を子供だと思っているらしい。


「もう高校生ですよ。人によっては2年後にはもう働き始めています。何ならもう働いている人もいるんです」


「それでもまだ子供よ。社会に出たことすらないんだから」


 母はそれでも意思を曲げることは無かった。


「え、夏樹?」


 そんなタイミングで、2階から京が降りてきた。


「ちょっとお母さんと話したいことがあってね」


「どうせ文化祭の事でしょ?私も入る」


 そう言って京は迷うことなく俺の隣に座った。


 一連の会話を聞いていた京の母は、近くに置いてあったカバンからファイルを取り出した。


「せっかくだからこのタイミングで言うわ。この人があなたの結婚相手よ」


 ファイルの中に入っていた紙には、相模俊介という名前と顔写真が載っていた。


「この人って……」


 相模俊介は、この間のパーティで会ったウチの系列校の生徒だ。


「この方は相模グループの御曹司。この間の西園寺よりも家格が高く、裕福よ。それに彼は京の絵のファン。確実に大切にしてくれるわ」


「確かにこの人なら西園寺さんとは違って私を大切にしてくれるかもしれないね」


「なら決まりね」


「でも、私は嫌」


「どうしてよ?」


 京の母は驚きが隠せないようだ。


「私は普通に恋愛して、普通に結婚したいの。こうやってあらかじめ用意された人ではなくて、自分が選んだ人とね」


 そう言って京は俺に抱き着いた。


「付き合っていたのね」


 驚きつつも、予想はしていたという反応だった。


「そういうわけです」


 ただ、別に相手は必ずしも自分である必要はない。あくまで京が自分で選んだ相手であれば。


 当然俺なら一番嬉しいけれど。


「別にあなたの事が嫌いなわけでも、恨みがあるわけでもないけれど、京にふさわしいとは思えないわ」


「かもしれませんね」


 佐倉家は別に名家というわけでは無く、平均よりは裕福な家庭なだけであるため一般家庭出身の俺でも家格に問題は無いが、青野夏樹個人の成果が問題だ。


 西園寺家のSPを自力で倒してしまったという実績は確かに存在するが、それはあくまで喧嘩が強いというもの。別にスポーツとして、競技として結果を残していないため意味を為さない。


 では他に何か実績として何があるかとなると、何も無いのだ。勉強はそこそこできるが、同じ高校に通っている時点で何も加算されない。運動はそこそこ出来るが、体育の英雄どまり。部活には参加していないときた。


 そもそも世の男子高校生は京に比肩する実績を普通残せない。だからおかしなことでは無いのだが、ここでは致命的だ。


「そんなあなたが、相模俊介さんよりも京を幸せに出来るの?」

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