第11話

 割と精神を立て直していた涼野が質問をする。


「それはね、多分親の影響かな。僕の親ってグローバルランの社長なんだ」


「えええええええ!?」


 涼野が大騒ぎしている。


「ははは、そこまで驚かれるとは思っていなかったよ」


「あの、私が大好きなファッションブランドの?」


 グローバルランという企業は10年前に立ち上がり、それ以来若者に大人気なファッションブランドだ。


 値段がお手頃でありながら服のデザインは素晴らしい。けれどシンプルなため、どんな場面にでも合わせやすい。


 何故か目の前にいる女子一名はそれで壊滅的な着こなしを見せるのだけど。


「うん。親の商品を使ってくれていることもあったし、同じ高校の生徒。そして素材は完璧ときた。これは僕がやらないとね」


「色々複雑だけど、嬉しい」


「じゃあ今度招待するね」


「ありがとう!」


 涼野はストーカーにストレスが溜まっていたのがまるで無かったかのような満面の笑みで駅に入っていった。


 残された三人は家に帰るために引き返すことに。


「杉野ってすごい奴だったんだな」


「両親が凄いだけだよ。僕は別に何も」


 涼野を狙うイケメンかと思っていたがまさかの御曹司だった。


「私も一緒に行っても良い?」


「良いよ。青野君も来る?」


「杉野が良いなら」


「オッケー」


「大も呼んで大丈夫か?」


「勿論」


 杉野は話しながらスマートフォンに何やら打ち込んでいた。予定の登録かなんかだろう。


「にしても、二人とも私服については知っていたんだね」


 涼野の発言に対する反応でバレていたようだ。


「うん、普通に休日に遊んでいるからね」


 京が答えた。


「なら普通に話しかければ良かったよ……」


 恐らく宮野さんに背後からタックルされたことを思い出したのだろう。


 あれは随分と運の悪い事件だったな……


「まあ、目的は達成できたんだし、ね?」


 京が精一杯のフォローをする。


「そうだね。って言い忘れてたよ」


「何をだ?」


「僕のコーディネートを来た涼野さんをSNSに上げさせてくれるならテニスの遠征費用とか諸々の手助けを出来るって話。テニスも将来有望みたいだしね」


「「えええええええ!?」」


 今日は身近な人が二人、どこか遠い所へと行ってしまったようだ。

 後日二人は連絡を取り合い、細かい日程の調整と共にスポンサードの合意が行われたらしい。


 一応企業としてテニス選手を支援するというわけではないため、大々的にプロと言われる類のものではないが、実質的にプロと言えるだろう。


 そして約束の日。俺たちは杉野に指定された住所に来ていた。


「本当にここであっているのか?」


 大の言う通り、目の前にある建物が指定された場所とは思えない。


「でもここでどう考えても合っているのよね」


 指定された住所を元に案内してくれた涼野がそう話す。


 目の前にあるのはオフィスでも何でもない、ただの一軒家だった。


「とりあえずピンポンを押してしまえばいいんだよ!」


 京が唐突にチャイムを鳴らす。するとすぐに扉が開き、


「ここまで来てくれてありがとう、みんな」


 杉野が出迎えてくれた。どうやらここで合っていたようだ。


「「「「おじゃまします」」」」


 中に入ると、部屋と部屋を遮るような壁が一切なくただ広い一つの部屋だった。


 そこには数えきれない量の服が綺麗に並んでいた。


「すげえなこれ」


 思わずそう言ってしまうほどに凄い光景だった。


「それはありがとう。ここは、グローバルランの手がけた服を全て展示している倉庫みたいなものだよ」


「凄い!これって10年前にこの会社が初めて作った服だよね!」


 中に入った時から若干興奮気味だった涼野が抑えきれずにきょろきょろしている。


「そうだね。でも今日の目的が終わってからね」



「ということで、今日来てもらったのは涼野さんの私服を良いものにするためだね。だから三人はその間自由に見て回っても良いし、気に入った服があれば持ち帰っても良いよ」


「分かった」


「じゃあ涼野さんはこっちね」


「うん」


 涼野さんは杉野に連れられ二階に。


「じゃあ俺たちは服を見繕うか」


「そうだね」


「ああ」


 俺の言葉に二人が同意し、服を見て時間を潰すことに。


 実際に服を店頭で買う時は、一店舗あたりに対して服が無いな、と感じながら複数の店を回るのが基本なのだが、ここにはそれを感じさせない位十分な服があった。


 以前グローバルランを訪れた時には見たことの無い服が多数あったのだ。


 おそらく数年前に販売されていた類のものなのだろう。


 1、2年分の服しかない店頭とは違い、10年分の服が全て展示されているからここまでの量になっているのだろう。


「意外と今でも普通に着られていそうなものが多いな」


 近くで服を見繕っていた大にそう言われた。


「確かに。極端な服装じゃなければ左程時代遅れにはならないのかもな」


 そもそもこの企業、出来てから10年しかたってないしな。


 10年程度じゃあ大きな違いは生まれないか。


 そんな会話を軽くした後に各々服選びに戻った。


 いい感じの服を見つけた。


 紺色のカーディガンだ。


 カーディガンって着るタイミングが相当限られているのと、そういうタイミングってそれを羽織らなくても温度的には丁度いいから金欠な高校生の俺的には渋い品だ。


 それを選ぶなら他の服のグレードを少し上げようと思ってしまう位には。


 だけど、こうやって好きに持って行っても良いと言われているのならば話は別だ。


 必要性どうこうは置いておいて、割となんにでも合うので着やすいし、これを組み合わせたコーディネートは結構好きなのだ。


 階段付近に設けられている試着ルームの前に掛けておく。


 それとほぼ同時のタイミングで京が来ていた。


「あ、夏樹。見てってよ」


「分かった」


 俺は近くに置いてあった椅子に座り、京を待つ。


 数分後、着替え終わった京が出てきた。


「どうかな?」


 京が選んだのは真っ白なシャツにベイカーパンツを組み合わせた簡単なもの。


 シンプルであり、なんなら男が着ても違和感の無い服だが、京の元気な性格とマッチしていた。特別感を感じる類の服では無かったが、ずっと一緒にいたい、そして10年後、20年後も変わらずいて欲しい。そう思わせるものだった。


「京によく似合っているよ」


「良かった!じゃあこれにしようかな」


 正直に褒めたところ、嬉しそうに笑った。


 ちなみに大も着替えていたが、男だし特筆すべき点は無かった。


 一応無難に似合っているとだけ言っておく。


 そんなこんなで時間を潰していると、二階から二人が降りてきた。


「やあおまたせ。準備が終わったよ。じゃあ早速見てもらおうか、どうぞ!」

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