歌い手になりたいッ!

@naokunja_0517

読み切り

少しくらい夢を見たかった。

叶わない夢なんかない,そう思って

俺の親は,夢に叶うと書いてゆうとと

言う名前をつけた。

ゆうとと言う名前の人は俺の勝手な偏見だが,あくまでも自分を除いて。

みんな男らしくてイケメンなイメージがある、俺も男らしいっちゃ男らしいっぽいが,俺のはちょっと違う。

俺はこう見えて戸籍は女だ。

だから,女の割には男みたいな見た目をしてるからまだ男らしいと言われる。自分の性別について考えたことなんかなかったが,考え始めたのは中学校の合唱コンクールに向けた練習の時。男声パートと女声パートなど,声によって歌う旋律を分ける時,自分はその時までは自分の性別に意識なんか向けたことはなかったのに,その時初めて自分の性別に悩みを持ち,自分にこれまでに無い程の嫌気がさした。

合唱リーダーがそれぞれをパートごとに分ける時だった,自分は男声パートに混ざろうとした時だった、自分に嫌気がさしたのは。

一人一人のパートを合唱リーダーが決めているのだが,自分から男声パートに行こうとした結果,リーダーは俺に少し荒っぽい口調で「あんたは女だから,女声パートの方行って。」と俺の目以外のものはまるで目に見えてないかのように目を合わせながら言ってきた。うちのリーダーは気が強く,そうと決めたら一直線で,これが絶対に良い!と思ったら絶対に譲らない。言ってしまうと,手段を選ばないようなリーダーだ。リーダー決めの時も,そんな感じで自分から立候補して,それについていくかのようにみんなも賛同した。そんなリーダーは,なぜか俺が男声パートに混ざろうとしたあの一回の行動から態度が急変し始めた。

俺は女声パートにしては声が低く,

かと言って男声パートにしては少し声が高い方ではあるが,まだ自分的にはそっちの方が楽だった。

しかし,女声パートにされた俺は思うように声が出ず、周りに迷惑をかけないよう必死だった。当然歌を歌うどころではなく,上手く歌うなんて考えてる暇はなかった。しかしリーダーはそんなこともお構いなしに逐一注意をしてくる。とは言ってもそれは事実であり仕方ないと思うしかなく,そんなリーダーの理不尽な注意の仕方を受け止めるしかなかった。でも,リーダーの注意は合唱を良くするための注意と感じることはできなかった。

全体に注意することはあっても、個人に注意するのは俺1人だけだった。

それも頻繁に。タイミングを狙うかのように。周りは合唱に必死だったため,リーダーのあの鋭く見張るような視線と憎悪にまみれた雰囲気を誰も見ていなかった。

合唱コンクールが近づくにつれて,リーダーの理不尽な行動は少しずつ度が過ぎて行った。最初は1人だった。

日に日に増える嫌がらせをする人数と合唱の時のリーダーの注意。

そしてとうとう、歌っている時すらわざとぶつかってくるなど,おそらくリーダーの指示による嫌がらせまで始まった。もう自分はなぜあれだけで今こんな事になるのか不可解極まりなかった。私は女声パートについていかなければならない現実を受け入れなければならないプレッシャーのあまり,もはや自分の性別がどうこうなんてものも曖昧で,嫌悪感の元に成り果てて行った。性別というものがなんなのかも私自身わからなくなっていく内に気づいたらみんなが自分を敵に回していた。

もう,流す涙すらなく、ついに自分も気づかないような不敵な笑みを浮かべてその場からゆっくりと逃げ出そうとしていた。気がつくともうそこは教室で、もうすでに帰る準備をしていたかのように雑に荷物の詰まったバックが机の上に置いてあり,今にも帰れるような体制になっていた。

疲れのせいか,記憶すらも曖昧で,考える余裕もなく,とにかく帰ることしか頭になく,バックを背負い後ろを向くとそこにはリーダーとクラスでは弱い目で見られており,僕に意地悪していた最初の1人で、目の前には見慣れた2人の姿がこちらに壁のように立ちはだかっていた。

「あんた、そろそろ気づいたんじゃ無い?」

リーダーはそう言った。

自分はなんのことかさっぱらわからなかったが,疲れきって働かなかった頭もその時は直感的に あ、あの時の男声パートに混ざろうとした時だと。

それだけは理解できた。

しかしなぜなのか、まではわからなかった。

「とぼけた顔してないでさ。…じゃあ教えてあげる。あんたがあの人男声パートに混ざろうとしたの,同じクラスのゆうとくんと一緒になりたかったんでしょ?」

同じクラスのゆうとくんといえば、クラス一のイケメンの男子だ。

でも,なんでそう思うのか、今考えれば少しは理解できたが今となってはあの時のリーダーがそういう人だったんだ。と思う以外頭におとしきれなかった。そのあと、またいつもみたいに記憶が少し飛んで,その時は体に痣や傷を負い涙を流しながら自分の部屋にこもっていた。その日から自分は家から足一歩たりとも出すことはなかった。

退屈な日々が続く中,唯一の楽しみは

YouTubeで見る今年で10年目を迎える歌い手の歌声と,月に一、二回家に来てくれる優しい担任の先生だ。

担任の先生だけは,自分の唯一の理解者で自分の性別のことや,学校でのトラブルなどを知っている。

合唱練習の時のトラブルは先生あっての助言で公にせず,特に深入りしてる様子は学校の生徒には見せないようにしてるそうだ。

そんな日を繰り返して月日は流れ,とうとう中学も卒業間近となった。

当然高校などいくあてもなく、このまま家で過ごす日々になることは覚悟していた。

そんなことを考えてる日の午後、いつものように先生が来た。

先生とのいつも通りの会話だった。

でも今日は少し違った。なにかとんでもないことを言い出しそうな。そんな予感がした。

そしてその予感は的中した。

先生の口からは、

「ゆうと、歌い手になれよ。」

自分は瞬きすることすら忘れるほど,目を見開き,先生の方をじっと見ていた。自分が今こうなっている状況を先生が一番知っているというのに,

ある意味トラウマみたいなもんなのに,なのになぜそんな提案するのか、自分は先生の言葉がいまいち耳に入ってきてるか微妙だった。

「ゆうとの声はさ、声パートで分けられるほど安くないんだよ。男女で分けられるこの世の中で、君みたいな声を持っていて,枠に囚われず周りを分析する力があるなら,きっと君は世間の人を上手く分析して君のその貴重な声で人の心を掴むことができるはず。」

自分はその言葉にどれだけ救われただろうか。自分の知らない自分を先生は知っていてくれた。この言葉だけで自分は家から足を出すことができる気がした。

「ゆうとは好きな歌手とか歌い手はいるのか?その人を目標にしてまずは頑張っていこう。」

自分はあの,今年で10周年を迎える毎日聴いていた歌い手の名前を言った。すると先生はいきなり笑い出した。

「ちょっと目閉じて。」

言う通り目を閉じるとそこには真っ暗なはずの景色の中に,いつも耳にするあの歌い手の歌声が直に届いてきた。

そう、まるで目の前にその人がいる。

そう感じた。

「知られちゃったね、でもこうやって生で聞かせるのは初めてなんだ。」

「先生……!10周年おめでとうございます!!」

先生は照れ臭そうに微笑んでいた。

自分はそんな出会いが知らぬ間にあったことに幸せを感じ,その日からSNS、インターネットの世界に足を踏み出した。初めは緊張して,動画を上げることすら怖かった。上げようとするたびに都合良く蘇るあの記憶。

でも,それでも自分には影にあの人がいた。自分の微かな夢であった歌い手。今までの全てがまるで嘘のようにひっくり返った。夢が夢として終わらなかった。今まで見ていた微かな夢が今や現実となって、しっかりと向き合える

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