思い出をデキャンタに閉じ込めて その6
そんな僕に、声をかけてきたのは彼女の方からだった。最初は気のせいだと思った。秦野早織は入学当時からそこそこ話題になった学年でもトップクラスにかわいいと噂されている女の子だった。そんな彼女につられてオカ研に入部する男もたくさんいた。カバオもその一人だった気がするが、本命は浮島先輩だったかもしれない。170を超える高身長に不釣り合いな幼い顔。そしてあどけない声。秦野早織はまさに『男はどうせこんな女の子が好きなんでしょう?』を具現化したような存在だった。
詳しい馴れ初めは割愛させてもらうが、端的に言うと、学年一のモテ女が何故か僕に惚れていたのだ。今でも信じられないことだが、事実なのだ。典型的なラブコメだって、ヒロインが主人公に好意を抱くのにはそれなりの理由がいる。しかし僕は今でも、何故秦野早織が僕みたいな冴えないオカルト好きの男を好きになったのかがわからない。きっと彼女に聞いても今となってはわからないだろう。僕たちは別れてしまったのだから。
「リンタロー君? ねえ、聞こえてる?」
心がタイムスリップしていた僕は、現在の秦野早織によって現代に呼び戻された。隣の河村は怪訝な目で僕を見る。そうだ、こいつも秦野早織に惚れているのだった。
「おい、秦野さんが話しかけてくれてるんだぞ、無視すんじゃねーよ」
「あぁ、悪い」
「てかてか、本当に四分谷璃子がいるじゃん、なんでなんでー? オカ研には毎年、学年トップクラスの美女が入部するっていうオカルト継続確定じゃん! ねえねえ、四分谷ちゃん、よかったら僕たち『現代怪談同好会』においでよ。同年代の女の子もいるし、友達たくさんできるよ」
「おいおいぃ、部長の目の前で引き抜きとは、いい度胸だなあぁ」
井戸の底のような目で河村を睨みつける只野部長。
「只野部長、これは只の宣伝ですよ~。新入生には色んな選択肢を持たせてあげるべきだと思うんですよ。もし彼女がオカ研以外にも、オカルト関係のサークルがあることを知らなかった場合、四年間の大学生活を棒に振る可能性だってあるんですよ」
「あの、すいません」
河村の話に割って入る四分谷。河村はなぜか得意げだった。何か期待でもしているのだろうか。
「なんだい、四分谷ちゃん。一度見学でもしてみるかい?」
「いえ、結構です。私、あなたみたいな薄っぺらい、軽薄な人間が嫌いなので」
場が一瞬凍りついた。固まる河村に慌てる秦野。
「ちょっと、初対面でそれは無いんじゃない? あなた、河村くんのこと何も知らないでしょう?」
「ああ、すいません。知りたくもないですが、訂正します。薄っぺらくて、軽薄そうな、考えが浅はかで、ノリで生きているような人間とは関わりたくありません」
固まったままひび割れる河村。なぜか落ち着かないカバオ。大丈夫だ、少なくともお前は薄っぺらくない、見た目も中身も太ましい。
「なによ、その通りだけどそんなに言ってあげたら可哀想でしょう? もう、河村くん、行きましょ」
「あ、ああ」
去り際に秦野は僕を見た。その目には僅かばかり、憂いをおびていた。
「まだあの時のこと怒っているの? リンタロー」
僕は何も言わず、
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