思い出をデキャンタに閉じ込めて その1

 僕の無気力で退屈な大学生活における危機はひとまず去った。四分谷璃子の入部が無事に決まったのだ。只野部長に眠らされていた新入生たちは皆、入部をすることはなかったが、彼らはオカルトよりも美女に興味があっただけなので、結果的にはこれで良かったと思う。そもそも一般人がこのオカ研部員のペースについて行けるとは到底思えないので、彼らにとっても良いことだろう。


 只野部長の彼女である山茶花ミキ子が部室を後にし、室内にはオカ研のメンバー総勢6人だけとなった。これから各自の自己紹介が始まることは容易に想像できたが、僕は四分谷一つ、耳元で助言をした。


「河童の件、皆には黙っといてくれ」


 僕は四分谷にだけ聞こえるように針先のように小さな声で囁いた。しかし、四分谷は構わずハキハキとしたきれいな声で返事をする。


「何故ですか? なにか問題があるのでしょうか。それとも約束を無下にするのでしょうか?」


 負けじと僕はメガホンを逆さまにしたような小さな声で返した。


「いや、約束は守る。君の河童探しには協力させてもらう。だけど、これは僕と君との契約だ。カバオはともかく、先輩たちにまで協力してもらうのは気が引ける。それに、交換条件で入部してきたなんて、印象も悪いだろう」


 僕の意図を読み取ったのか、今度は僕と同じくらいのボリュームに調整をしてくれた。


「柳田先輩とカバオ先輩だけで見つけ出せますか? あの変な部長のほうが得意そうにも見えますが」


「それはそうかも知れないけど、ここは一つ、僕の言うとおりにしといてくれ。」


「そこまで言うのなら、仕方ないですね。先輩に従います。ただし、ちゃんと探してくださいよ」


「分かった、約束する」
















「はじめまして。人文科学部一回生の四分谷璃子です。好きな妖怪は河童です。よろしくおねがいします」


 一瞬、河童というワードに焦りを覚えたが、好きな妖怪ならまあいいだろう。こんなこと合コンで言おうものなら、痛い子認定間違いなしだが、オカ研なのだから好きな妖怪の1つや2つ、言えて当然なのだ。



「ほぅ、河童か。鬼、天狗と並ぶ日本三大妖怪の一つにして、最も不可思議な存在だ、興味深いなぁ。おぉ、自己紹介がまだだったな。俺は只野真人だぁ。只野部長と呼べぃ。オカルトなら妖怪でもUFOでも大歓迎だ。今は都市伝説の研究をしている。さっき部室でしていた儀式だが、これは現代版レメゲトンに記載された由緒正しき悪魔召喚の術でなぁ……」


「真人ちゃん、話が長くなるからそのへんにしなさい」


 いつもの調子で暴走する只野部長の話を遮ることができる数少ない人物、それが浮島先輩だ。


「さっき部室の前でかんたんに挨拶はしたけど、改めてご挨拶させてもらうね。私は浮島楓。副部長をしています。女の部員が私だけで少し寂しかったから、璃子ちゃんが入部してくれて本当に嬉しいです」


「そう言っていただけると幸いです。浮島先輩、女同士仲良くしましょうね」


「オカ研に美女が二人も……。これこそまさにオカルトだぜ」


 四分谷と浮島先輩が会話している姿を見て、カバオが興奮している。


「璃子ちゃーん! 俺もさっき自己紹介したけど、もっと詳しく、壮大な自己紹介をしてもいいかなー?」


「あ、カバオ先輩はもう結構です」


 まだ会って一時間もしない内に、カバオの扱い方を理解している。四分谷恐るべし。





「あ、あのーぼ、僕も自己紹介いいかなぁー?」


 そして影山先輩は相変わらず影が薄かった。

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