美女と河童と偽りのない思い 3

 人は会話をする時、ある程度相手の発する言葉を予測した上で、耳で拾い変換しているらしい。例えば朝、後輩の学生が「オアッス」と僕にいってきた場合、それを「おはようございます」と聞き取ってしまう。なんなら「――ッス」だけでも「おはようございます」になるかもしれない。それ故に、予想外の言葉、発言や耳にしたことのない言葉というものは、どんなにはっきり声にしても案外聞き取れないものだ。だから僕は、彼女がなんと言ったのか、皮肉ではなく、本当によく分かっていなかった。


「あの、今なんて?」


 僕が聞き直すことに不満そうに、彼女は刺々しく答えた。


「私は河童を探しています。私と一緒に河童を探してくれませんか?」


 やはり聞き間違いではない。シャクヤクの花のように可憐な女性の口からこのような言葉が発せられるとは、何事か。河童、河童だと。


「合羽? レインコート?」


「河太郎、ガタロ、カワランべの河童ですよ、先輩」


 彼女は僕のくだらない質問に辟易したのか、冷たい眼差しをこちらに向けている。なるほど、これがジト目というやつか。

 そして彼女は本当に河童、日本三大妖怪と謳われる、あの妖怪を探しているということなのだ。この現代社会において、非科学的なオカルト話は多岐にわたるが、妖怪を信じている者はオカ研の中でも1人もいない。


「えっと、四分谷さん。君は河童がいると信じているの?」


「そうですが、なにか問題でも?」


 想定外の返答に戸惑う彼女の反応は、こちらも想定外だった。僕はこの珍妙な頼み事を解決させるべく、朝食のアンパンから摂取した糖分をフルに活用して頭を働かせた。そうか、彼女は民俗学の研究がしたいんだ。河童を探すとはつまり、河童の正体を調べたいということなのだろう。河童は日本に伝わる中でも特に有名な妖怪だ。その正体について様々な仮説がある。信仰を無くした水神だとされる説、や、川辺で暮らしていた集落の人間だとか、頭に皿を乗せた見た目からキリシタンが由来とされる説もある。


「あれか、つまり、河童の研究がしたいってことなのかな?」


「違いますよ。私は河童を見つけて話がしたいんです」


 違うのか。何ということだ。彼女は河童が現実に存在すると信じているのか。この文明の利器が発展した現代社会において、妖怪を探そうなど、ドラクエのスライムを探すに等しい行為だ。宇宙人やツチノコなら、まだ分かる。幽霊だっているかも知れない。絶滅したニホンオオカミも、もしかしたら見つかるかもしれない。しかし、河童はどれだけひねくれた考えを持ってしても信じることは難しい。実在する生物としてはちょっと無理がある見た目と生態をしているのだ。


「まあまあ、リンタロー。いいじゃないか。四分谷さん、河童の捜索なら我々オカ研が協力しますよ。部員になってくれるならですけどね!」


「あら、意外と大きい人のほうが話が通じるんですね。助かります」


「おいおい、カバオ。河童だぞ。河童を探すんだぞ。砂場で落としたコンタクトレンズを探すんじゃないんだぞ。公園の砂場を埋蔵金が埋まってると言って掘り返そうとしているようなものなんだぞ」


 彼女の入部に反対しようとしている事を察したのか、カバオは僕の方に手を回し、力ずくで四分谷から背を向け、遠ざけさせた。


「そんなもんテキトーでいいんだよ。とにかくまずは部員の確保が最優先だろ。大丈夫だって。」


 僕の耳元でカバオはコソコソと囁きかけてきた。こいつは後先考えずに目の前のニンジンに食らいつくタイプだ。石橋を叩きまくって結局渡らない僕とは全く正反対の思考回路を持っている。


「いや、でも、河童なんて流石にいるわけ無いだろう」


「なら、それを納得させるまで付き合えばいいんだよ」


「あの、それで、どうしますか? もしダメでしたら、代わりに『現代怪談同好会』に行きたいので」




 『現代怪談同好会』


 それはダメだ。あのサークルは、僕と同期で元『オカルト研究会』にいたメンバーが立ち上げた新しいサークルだ。あいつ達は本当はオカルトになんの興味もない。ただ、肝試しやパワースポットへ行って異性とイチャコラしたいだけのヤリサー(カバオ曰く)なのだ。そんな所へ河童なんかを信じる美少女が行ってみろ。エロ同人誌みたいな展開になるに決まっている。それだけは阻止せねば。


「分かった、探そう。必ず河童を見つける。四分谷さん、入部よろしくお願いします」


 僕の返事に気を良くしたのか、四分谷さんはちょっと意地の悪い笑顔を見せた。あぁ、この子、Sだなぁ。


「頼もしい返事、ありがとうございます。これからよろしくお願いしますね、先輩」

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