三ツ山大学オカルト研究会
黒川 月
美女と河童と偽りのない思い 1
当たり前の日々とは、それが当たり前でなくなった時に初めて分かるものだ。どれだけ
三ツ山大学に入学してはや一年。どういった経緯でこのサークルに辿り着いたのかは、記憶の海に瓶詰めにして流してしまったので、今や思い出す術もない。それはきっと僕にとって不都合な記憶なのだろう。
ともあれ、僕は今、『三ツ山オカルト研究会』に所属している。どこの大学にでもある、数多のなんたら研究会の例に漏れず、この『三ツ山オカルト研究会』もまた、活動内容は一年在籍した今でも不明だ。こんな胡散臭いサークルが、そこそこ大きな部室を持っていることこそが最大のオカルトだろう。この部室が無ければ、僕はこのサークルに所属することはなかっただろう。僕はこの部室でくだらないオカルト雑誌を読んでいる時間が何より心地よかった。エアコンも設置されており、室内は年中快適だし、部室には僕以外にはいつも、同学年の友人が1人、後は三回生の先輩が2、3名いるくらいで僕のパーソナルスペースを侵害される恐れは殆どなかった。
そんな当たり前の日常が突然、1人の女性によってあっけなく失われてしまった。それは歴史ある大きな縄文杉をブルドーザでなぎ倒すように。
『三ツ山オカルト研究会』部室
それは、干渉することも、されることもない世界。それは誰も傷つくこともないし、傷つけることもない。それは新たな
しかしながら、いくつかの問題点もある。一つはこの部室の隣に位置する軽音楽部の存在だ。彼らの青春は騒音とタバコの煙でできていた。こう言ってしまうと世の中のあらゆる軽音楽部に対して間違ったレッテルを貼り付けているみたいに聞こえるかもしれないが、僕の知りうる軽音楽部の連中はすべからくヤニの臭いを身にまとっている。そしてうるさいのだ。下品に歪んだギターの音、無駄に手数の多いドラム、やたらと主張が激しいベース、ニワトリの断末魔のようなボーカル。全てが不快で頭痛の種であった。
注意をしてやろうかと考えたこともあった。しかしながら軽音楽部の連中はどいつもこいつも反社会的な格好をしており、目が合っただけで刃物を突きつけてきそうなヤツばかりだ。はっきり言って僕は怖いのである。とてもじゃないが、注意はおろか、声をかけることだて恐ろしいのである。
もう一つ、大きな問題がある。それはこのサークルが廃部の危機を迎えようとしていることだ。去年までは結構な人数がいたのだが、ある事件(当事者は僕なのだが)によって当時の新入生は僕と友人の二人を除いて一斉に退部をしてしまった。今は先輩方がいるおかげで人数を保つことができているが、次の新歓で入部者がゼロだった場合、翌年は部室の使用許可が下りなくなってしまうのだ。これは一大事である。僕はこの
「リンタロー、新歓の準備はできたか?」
大柄、というより肥満体型でレイバンの黒縁メガネを掛けた男は僕の肩に手をやった。白いシャツに黒のジャケット。
「愚問だな、カバオ」
『
「今年の新入生、中々粒ぞろいだぜ。中でも俺のイチオシは現役読モのみゆきちゃんだ。彼女はなんと言ってもスタイルがいい。顔がいいのは勿論のことだが、華奢な体型からは想像つかないFカップのお胸様を隠し持っているらしい。怖い話が好きみたいで、オカ研に入部してくれる可能性もワンチャンあるかもしれん。次点では去年の『ミス大仏』のさっちゃんも中々の逸材だ。おっとりとした雰囲気の子だが、かなりの小悪魔ちゃんみたいだ。この子なら俺もワンナイトを狙えるかもしれん。後は、入学試験を主席で合格した……」
僕はメリーゴーラウンドのように妄想をめぐらせるカバオを静止した。いつもなら悪ノリをして盛り上がるのだが、今回はそれどころではない。オカ研存続の危機なのだ。
「落ち着け、カバオ。今年の新歓は僕のユートピアの存続に関わる問題だ。僕はたとえ月が落ちてきてもこの部室を守らなくてはならないんだ。そのためには部員が男だろうが女だろうが、美女だろうが野獣だろうが、とにかくこのサークルに席を置いてもらうことが何よりも大事なんだよ。部員になってくれるなら宇宙人でも口裂け女でも構わないんだ」
「リンタロー。お前の部室への思いは十分に伝わっている。だがな、俺だって大真面目さ。真剣にかわいい女の子をこのサークルに勧誘して、一緒にキャンパスライフを満喫したい。そしてあわよくば彼女がほしい。これは俺の偽りのない、変わらない、そして譲れない思いなんだ!」
カバオの剣幕に僕は圧倒された。そうか、こいつも本気なんだな。僕の自堕落な生活を守るための部室への思い、彼のかわいい子とキャピキャピしたい思い、どちらが大義名分に相応しいかなど、比べることが失礼なのだ。椿と白百合、どちらが美しいかなど個人の好みでしか推し量れないように、我々の私利私欲に塗れた決意など、傍から見たらまさに目くそ鼻くそなのである。
他愛のない、なんの中身もない会話を続けながら、僕とカバオは新歓が行われる1号館前へと向かった。我がオカルト研究会が三ツ山大学クラブ連合協議会にあてがわれた新入生勧誘のポジションがこの1号館前なのだが、我々の他にはアニメ研究会、競馬サークル、MMOゲーム同好会といった、いわゆるマニア向けのサークルが固められている。先輩から聞かされた話なので真偽は不明だが、どうやら1号館前に置かれるサークルは実質的な「廃部宣告」を受けているそうだ。それもそのはず、三ツ山大学は校門から道なりに歩くと食堂を中心に2号館から5号館が四聖獣のごとく、東西南北各方角に鎮座している。普通の新入生はその道をぐるりと一周し、次に西側に建つ6から8号館へ歩を進める。8号館を抜けると眼前には大きな新校舎の9号館が待ち構えており、そこで大抵の新入生はキャンパス回遊を終えてしまう。1号館は3号館と4号館の途中にある道を進むと少し離れたところにそびえ立っているわけなのだが、この回遊ルートからはみ出すようなひねくれ者などごく僅かである。つまりこの1号館前に訪れるような者は、最初から入りたいサークルが決まっている者が殆どである。競馬サークルに入ろうとしている人間をどう勧誘すればオカルト研究会に入部してくれるだろうか? アイドルの握手会で必死に宣伝するアイドルなどいないように、僕たちは植物のように蜜に誘われる蜂を待つだけなのだ。
「やっぱり場所が悪いなぁ。まあ、一人や二人くらいオカルト好きは来るっしょ。ところで、やっぱり持ち場を離れて勧誘するのはダメ?」
指定場所に着いたカバオは崖っぷちサークルが放つ陰鬱とした雰囲気を払おうとわざとらしく明るく振る舞っていた。
「そんなことしたら廃部まっしぐらだよ。それより、先輩たちは来ていないのか?」
「みたいだな。
浮島先輩は僕たちのひとつ上の三回生にあたる、女性の先輩だ。内巻きのショートボブで、小動物のような瞳と子供っぽい丸顔をしており、要約するとゆるふわ系のほんわか美女なのだ。小柄だが胸も大きく、カバオ推定ではFよりのEカップだそうだ。ぼくの世代もこの浮島先輩とお近づきになりたいがために入部した男が何人もいたが、今ではカバオを除いて一人も残ってはいない(繰り返すが原因は僕である。浮島先輩のオカルトマニアっぷりにひいて辞めていったやつもいたが)
午前10時00分、一限目の終了を告げるチャイムが鳴り響く。別館で行われていた新入生への挨拶が終わったのだ。いよいよ、僕の平穏な生活を守るための新歓が始まろうとしていた。
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