スープ
和泉ハル
短編読切「スープ」
初めて僕がそれを飲んだのは二十歳の時だった。
これが大人の味なのか、と数ヶ月飲み続けたが
不味くて仕方がなかった。
これから、大人になるには
スープを飲まなければいけないのだ。
生きるために皆、スープをすするのだ。
多くの種類があり、自由に選ぶことができる。
けれど一度選んだ味は滅多なことでは変えられない。
でもなぜだろう。
このスープを飲まない選択肢は
初めから与えられていないのだ。
二十歳になることを境目に、僕は
どのスープを飲むかよりも
これから生きていく決意を スキップしてしまったのだ。
同じスープを選んだ人たちは言っている。
原材料は不透明。
提示された内容と違うような気がする。
だが、不信を抱きながらも
2年もすれば味を占める。
そう言って、顔を青くして、飲むのだ。
僕は見ていられなかった。
自分自身もきっとそうだ。
毎日そんな顔をして生きているのだ。
二十歳になる前まで
僕は一体、何をしていただろう。
重い重い、鉄格子のような柵
何度よじ登って外へ出ようとしただろう。
自ら望んで手に入れたこの味は
間違っていたのではないか。
幻想の夢を抱き、破れ
今生きる僕を見て 一体、何と言うだろう。
そして僕は、ある日ぽっくり
皿を落としたのだ。
手は震え、強い吐き気と頭痛が襲う。
もう一口も飲むことはできない。
よくあることだ、気にするな。
そう言って肩を叩き
明日からもよろしくな。
そういう5年目のその人は
目尻に立派なクマをつけて微笑んだ。
ああ僕は
それでも生きていかなければ
いけないらしい。
ただ生きていくことが
意志に反して、呑み続けることが
こんなにも辛いとは。
世界で幸せになれる人は
一体、何人いるだろう。
そう思った、その時
ばったりと僕は倒れてしまった。
暗転して、次に見た光の先では
家族が心配そうにこちらを見ている。
私たちは生きるために
スープをすすらなければいけないが
誰になんと言われようと
拒否することは許されている。
そして、その味を選ぶこともまた
許されている。
選択の責任を追及されても
常に自分を思い、生きるのだと。
それに反した場所ならば
そこに、生きる価値はないのだと。
そして僕は、初めて
他の味を知ろうと思ったのだ。
長く、一つの味を占めた人よりも
生きていくための重さは少なからず増すけれど
幸せに、自分を思い生きるために
僕はやめた。
この選択が未来をどう左右するのか、正しいのか
間違っているのかはわからないけれど
違和の中で生きていることが一番辛かった。
納得できずに生きることが一番辛かった。
だから、手放して
新しい味を探すのだ。
そう決断した僕は
いつかの、勝気で前向きな
少年時代の顔をしていた。
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