・第六話「蛮姫大いに考え論じ教帝に目通りとなる事(前編)」
「やはり駄目か」
「駄目じゃなか部分が無か!」
レーマリア軍の醜態について、薄々理解していたという表情で沈痛な表情を浮かべるカエストゥスに、薄々も糞もあるかとアルキリーレは怒号した。
「おう、何ぞこん有様。
「まあ、今の帝国領が定まってから、かな……」
「……そや、つまいのはて数十年くらい
レーマリアの国境線が大雑把に現在の形となった頃からだと言われると、かなり長いという事になる。逆に言えば、そうなったからそれ以上進出する事が出来なくなり国境が現在の形で確定した、という事が出来る訳だが。
……仮に己が
「帝国が安定期に入ってから、有力な貴族が各地で地盤を固めるようになってね。より栄える事を望み、己の地盤に利益を誘導し、国より己を
「
ここ数十年の歴史を短く的確に纏めるカエストゥスに、頷くアルキリーレ。非常に厄介な状態だが、ある意味見慣れた状況だともいえた。
「改善せんとしとっとか?」
「したが……前にも言ったが私はどうにも、他者の望みを酌み巧みに喜ばせる事には長けていても、凡そ他者と争う事が苦手でね。他者を喜ばせる者として皆に推戴され
「
自分の場合、父の隠し子としての男子を装い、その嘘が剥がれる前は父の残した戦力を使えた。そこから軍才と実力にものを言わせた故に、アルキリーレはまずそれを問う。……正確に言えば、ものを言わさざるを得なかったのだ。力を示さなければ、どれ程の富も知恵も無意味。どれほど理があり利を齎そうと、力で壊されうる程度の弱いものであれば存在する事は出来ない。それが
「……無いわけじゃないが……」
「ふむ。
それでも、残酷な事は嫌だと。応えを躊躇うカエストゥスの感情を読み取り、それは為政者として失格の軟弱さだとアルキリーレの理性は思う。だが逆に言えば、その軟弱を貫いて未だに
(はて……)
こんなにこの男について一々あれこれと内心で弁護をしてやっているのは何故だろう、と、アルキリーレは自問した。
これまで思ってきた通りの、単に故郷の価値観では軟弱とされる者を肯定するという故郷の価値観への反発であろうか? それだけではない、気もする。
(だが、少なくとも屋敷の女達のような恋愛ではなかろ)
そうアルキリーレは分析する。そもそも、己は誰かを好きになった事は無い。父は、あくまで愚かでも男の兄弟たちを後継者候補と見て大切にしていて、娘への関心は少なかった。母の事は、嫌いではなかったと思うが……男共の奴婢じみた母は、己を母として愛してはいたとはいえ、守ってくれた事等無かった。民草の事、特に己と同じ女子供は、戦乱に巻き込まれるのは哀れだと思って、戦乱を終わらせる為に戦ったが、心が通じ合いはしなかった。
この世は戦場で、他者は戦う相手で、己は戦う者で。
この世は誰かと恋愛を育む場所ではなく、他者は恋愛する対象ではなく、己は恋愛という感情を持つ者では無い。そう考えてきた。
そもそも恋愛とは何だろう、と思う。故郷では滅多に聞かぬ概念だった。少なくとも男共は肉欲を満たそうとする事はあっても、女という存在を下等だと見なす事が大半で。
……ごく稀に、若者の中にはそういう感情を追い求める奴等も居て。ああいうのはレーマリア領南
部族の因習に縛られて引き裂かれるそんな若者の男女を、哀れに思い助けてやった事もあったが……それは旧来の部族の因習を解体する改革者としての行いの一環だっただろうか、それとも……
「アルキリーレ」
はっとするアルキリーレ。思いに沈む彼女の顔を、カエストゥスが心配そうな顔で見つめていた。
「何か、嫌な事を思い出させてしまっただろうか?」
「む……いや、少し策ば巡らしちょった」
咄嗟にごまかした。これも、滅多にしなかった事だ。それにしても、成程。察するのが上手い。これが、好かれる秘訣、カエストゥスの能力か。
「……レーマリアで
「それは、つまり」
だが、策を巡らせたいうのは嘘ではない。聞いた範囲の問題点を解決する策にある程度目鼻は付けていた。それをもう少ししっかりと確立し、実行する為の手段とするべく質問を重ねる。そう、故郷で統一に用いたものはまず立場を確立する為には武力ではあったが、使ったのは武力だけでは無い。立場を確立して以降は武力以外の手を用いる事もあった。つまり。
「手はあっど。否。今のレーマリアが分かたれた部族の群れも同然なら。おおよそ、手慣れたものばい。ぬしは
この状況は既に自家薬籠中の物よ、加えて己と違いお前がそれを実行するのであれば失敗する可能性は少ないとアルキリーレは笑い、解決できる献策があると明言した。
「……!」
それを聞いてぱあとカエストゥスの顔に喜色が戻り……
「素晴らしい!是非私達の相談役になってほしい! 教帝猊下ともお引き合わせしてその旨ご許可を得て良いだろうか!」
「何と」
運命は、速度を増し始めた。
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