・第五話「蛮姫事情を知り複雑に思いつつも呆れ怒る事(後編)」
「凄か館じゃのう」
刺客を退けた礼という事で幾らでも逗留してよいという事になった訳で訪れたカエストゥスの屋敷は、実に立派なものであった。豪奢にして美麗壮大、貴族の屋敷というより殆ど宮殿と言ってよかろう。
アルキリーレは母国では王であったが、住んでいたのはあくまで防御拠点としての役割にのみ特化した武骨な城で、更に言えば建築技術的にレーマリアの城と比べれば武骨なくせに粗末ですらあった。
「皆、帰ったよ」
「「「「「おかえりなさいませー!」」」」」
彼我の文明の差に思いを馳せていたアルキリーレの隣でカエストゥスが帰宅の挨拶をすると、大量の返事が返ってきた。
貴族だし使用人かと思ったら……
「女か」
中々綺麗な女ばかり様々沢山出てきた。尤も、アルキリーレは女達の容姿を気にする事は無い。己の美貌をまるで意識していないが、他の女の美貌もまるで気にしないのだ。大体どの女と比べても、可愛いや優しげとは方向性が違うが、やはりアルキリーレがダントツで美しいのだ。
「私を好いてくれる人達さ。色々面倒を見てくれるので使用人が一人も居ないんだが、贈り物とかデートとか、使用人を置くのに比べて十倍くらいお金がかかる」
「
ともあれ、沢山居ること自体には流石に突っ込みを入れずにはおれないが……カエストゥスの答えが予想以上にぶっ飛んでいた。突っ込みが止まらない。
「だから結婚はしていない。一夫多妻は罪だが双方合意の上で複数人数と同時にお付き合いするのはスレスレ合法」
「頭のよか
アルキリーレは突っ込み疲れた。呆れたし実際故郷で言えば、ずるか、ぶにせ、ほがない、よかぶっとる、よかぶっせえの誹りは免れ得まい高位ではあるし、昔のアルキリーレであれば
「
「
故に、ともあれ役者顔負けの朗々とした声で紹介するカエストゥスの傍ら、静かに、彼女の普段のイメージからすると意外なほど礼儀正しく、流石は元王らしい一礼をしてアルキリーレは屋敷へと入った。
中庭に面したカエストゥスの書斎。
「それにしても、北国でそんな事が……」
改めて落ち着いた会話の為の酒杯を舐めながら、ひとまず相互に話を伝え終え、カエストゥスはそう呟いた。これでカエストゥスはアルキリーレの側の事情を全て知った事になる。その栄光も屈辱も。殺伐としたアルキリーレは今更隠しはしなかった。これといって生きねばならぬ理由も死なねばならぬ理由も最早無い身であり執着は無いが故に。
「そぎゃん
一方、己の身を襲った下克上と亡命で南方の出来事を把握出来ずにいたアルキリーレもまたカエストゥスから聞いた情報は初耳であった。
……そこに落ち着く前に、結構アルキリーレは驚く事にもなったが。
(
酒の味が違う。
という葛藤を何とか一瞬で終えて、話を続ける。それはこれ以上醜態を晒せぬという意地もあったが。
「こや、まずくなかか?」
「ああ、拙い。不味いんじゃなく拙い」
酒の味ではなくカエストゥスから教えられたレーマリアの情報について語る。流石に国家機密に含まれるものではなく、一般に流布している情報の類に限られたが。
「
勢力を拡大した
それは
ともあれ、
交易体制に文句をつけるのに始まり、遊牧民の扱い、農業用水の扱いと様々に文句をつけてきた。
ざっと
アルキリーレは第三者だ。第三者だからこそ分かる。確かに、これは公正になされた、と。搾取も不正も無く、平等な共栄を齎す為の手が打たれている。……同じ事を
だが同時にアルキリーレは
そして実際その通りだった。より多くの要求に軍事的圧迫。現地の貴族が既得権益の関係から中央政府の命令に反して鈍い判断を下した事も相まって、地方に限定された状態とはいえ戦が行われるようになったのだ。が。
「……
書類から顔を上げたレーマリアの表情は複雑だった。不信、不満、呆れ、不思議、そして少しの不甲斐なさと失望。
「
書類に記載されていた幾度かの小規模な争い。戦いの規模はあくまで小競り合いだがその結果は、何とまさかのレーマリア側の全敗であった。しかも小競り合いで死傷者数が少ないにも関わらず、結構な数の部隊や東方の都市の三、四つが勝手に降伏している。今は一端一定期間の休戦に双方が同意した小康状態で戦闘は行われておらず、兵力損耗が乏しいから将来において都市は奪回可能かもしれないが。
故郷の一部を奪い取った、何れ乗り越えるべき強大な壁。そう認識していたレーマリアの今はこれなのか? と、流石にアルキリーレは言わざるを得ない。
「……被害を最小限にする為の撤退作戦や避難民誘導や略奪阻止の交渉はこなしたが、そもそもの敗北については返す言葉も無い」
そのアルキリーレの言葉に、初めてかの快活なるカエストゥスが渋面を作った。といっても、地顔がどうにも華やか故に、渋面というよりは悲し気な印象であった。いや実際、心痛と悲しみを、これまでは押し隠してきたのかもしれない。
「実戦の指揮を執ったのは現地の貴族や将軍で、私はあくまで
「そやまずかな」
アルキリーレも複雑な渋面を浮かべた。戦が弱いという事は、
「じゃが、
「……いや、聞いてくれないか」
故に、またここまでのやりとりで湧いた興味や情もあって、助言できる事があるかもしれないがどうかと、あくまで奥ゆかしく尋ねるアルキリーレの言葉に、カエストゥスはその奥ゆかしさは無用の遠慮であり、寧ろ是非相談させてほしいと答える。
「酷い理由で台無しになったとはいえ、
「……分かりもした」
そう語るカエストゥスの顔は、
故にアルキリーレも、かつての覇王として対等の同盟者に報いる時のようなしっかりとした表情で受け止めて、渡される国家資料に目を通し。
……………………
・食料がなければ飢餓に陥る危険があるし何より良い飯を食えねば嫌だと大量の食糧を持ち歩く為部隊の大半を輜重部隊にして戦力が半減、敵軍と遭遇した途端彼我の兵力差を痛感し装備糧食を置いて逃走。
・各地から集まった各部隊が地域毎の対抗意識から分散行動し各個包囲され降伏。
・和睦を持ち掛けられたので城門を開いたら武装したまま入られて降伏。
・夜間歩哨も立てず眠り包囲され降伏。
・故郷が一番大事で余所はどうでもいいので余所の土地を守る為に戦わせようとすると兵士が脱走する。
・美女に誘惑されるとほいほいと機密情報を垂れ流すし裏切る。
・軍服に凝りすぎて汚れるのを嫌って行軍に差し支える事がある。
・大軍になればなる程自分がやらなくても誰かがやるだろと瓦解しやすくなる。
・有名な大教会を守る為に神の加護があると士気を上げて戦おうと教会のある街に籠城したら敵の攻城攻撃で教会が崩れた瞬間士気も崩れて降伏。
・自分達の町を守る為味方の軍と呼応せず閉じこもって敵に内応。
・伝統の祭日故戦時中だが遊び騒ぎ酔い潰れ城門の鍵も閉め忘れ占領される。
・というか基本命が一番大事なのですぐ逃げるし降参する。
「こん
あんまりにあんまりな過去の事例の数々にアルキリーレはキレた。
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